先日、会社から自宅への帰途、9割方乗客で埋まった地下鉄に乗っていたら、僕より年配の40代と思しきサラリーマン風の男と20代の若い女がドア付近で正対した姿勢で密着していた。


ドアを背にした女を男が守るような格好で、このまま接吻でもするのではないかと内心ハラハラしながら横目で見ていた。


愛し合う二人に言葉は要らないとでもいうように会話はなく、女は頬をやや紅潮させ、男は僕の位置からは横顔しか見えなかったが胸をいくぶん反り返らせていかにも誇らしげに見えた。


それはそうだろう。


男はいかにもうだつの上がらない風貌で、後頭部もはっきりと薄くなっているのが分かる。


それがややあどけなさが残るものの目鼻立ちの整った若い女と恋愛しているのだ。


訳ありだとしても、う、う、う、羨ましい。


僕は羨望と嫉妬が入り混じったような心境で二人の様子を窺っていた。


すると、次の駅に停車して扉が開くと同時に男が彼女に別れの挨拶も告げずぽんっと飛び出して行ってしまった。


下車して数歩進んだところで、後ろを振り返った表情は少し不機嫌そうであった。


つまり、どういうことかというと、二人は恋人同士どころか赤の他人だったのである。


原因が若い女にあるのは明白で、なんとなればドアを背にして立つのはマナー違反といえるからである。


乗客はそれぞれ近い方のドアに向かって立つのが常識だろう。


たとえば災害時の迅速・安全な避難といった防災面からもその方が理にかなっている。


にも関わらずドアを背にして立つというのは、これは非常識といえる。


身動きが出来ないほど混雑していたというならまだしも、少なくとも体勢を変えるくらいの余裕はあった。


以前に同じようにドアを背にして立つ若者が僕の正面にいて、僕はいたたまれずにくるりと男に背を向けたが、今度は正面に別の男が正面を向いて立っていて、何だか取り囲まれて恐喝でもされているような不快な気分になった。


だから後生だからドアを背にして立つのは止めてほしい。