4、5ヶ月ぶりに散髪してきた。
行き付けの散髪屋の主人は僕より恐らく5つばかり若く、応対も丁寧で決して悪い人ではないのだが、他愛ない質問ばかりしてくるので、それをやり過ごすのにいつも苦労する。
たとえば今日だと。
「お正月はどうされていたんですか?」
「道は混んでいましたか?」
「天気はどうでしたか?」
「お仕事はいつからですか?」
「お餅は食べましたか?」
僕は適当に「ええ」とか「まあまあでしたね」と答えるのだが、そこから話が展開していくのかというとそんなことはなく、主人は「そうですかぁ」とその話題を引き取って、また脈絡なく新たな質問を繰り出してくるという、この繰り返しであった。
ところが今日は新たな展開があった。
「ところでお子さんはまだですか?」
と例によって唐突な質問に、僕が「いや、まだなんですよ」と答えると、眼鏡の奥の瞳に光が宿った。
「いやぁ、僕のところもですね、実は結構苦労したんですよ」
僕も興味がないではなかったので、「ほう」と先を促すように相槌を打つと、主人は眼鏡のブリッジを持ち上げて切り出した。
「お陰様で今は2人の子供がいるんですけどね、初めは頑張っても頑張ってもなかなか出来なかったんです」
当然ハサミを持つ手は止まり、鏡越しに僕を見詰めて得得と問わず語りに語る。
「もうあんまり出来ないのであきらめかけましてねぇ。そうしたらカミさんが生理が来ないというので検査しに行ったら、おめでたですって。それで結婚しようか、と。そうです、うち、出来ちゃった婚なんです」
出来ちゃった婚っていうか…。
背後で順番待ちしている客が軽く咳払いしたので、主人は一瞬ハッとした表情をして散髪を再開したが、話すことに夢中になっているので危なっかしいったらなかった。
視線は相変わらず鏡越しに僕を見詰めたまま、傍目にはでたらめとも言える手つきで僕の髪の毛をすいている。
いつ皮膚をざっくり切られるかと気が気でなかった。
粗方話を終えると、興奮冷めやらぬといった顔で今度は少し踏み込んだ質問をしてきた。
「やっぱり結構、頑張ってるんですか?」
無論、セックスを、ということだ。
「まあ…それなりに」
「あ、ホント」
ホント? 急にため口になった。
「僕の友達なんかね、射精した後にカミさんを逆立ちさせてんだって。あの姿見たらさすがに萎えるって。ならさすなー、みたいな」
すっかり閉口した。
鏡越しに映る後ろの客も苦り切った表情をしているように見えた。
ハサミを持つ手がいよいよでたらめに僕の頭上を行き交い、僕は病院行きを覚悟した。
命がけの散髪であった。