未婚での出産経験から離婚まで|私の人生波乱万丈

未婚での出産経験から離婚まで|私の人生波乱万丈

今までの人生笑っちゃうくらい波乱万丈!そんな私の離婚劇を暴露します。

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今はいろんな理由で全く会えていない長男。

 

いつの間にか超庵も成長し、母親の存在が不要になってくる時期に入ってしまいました。

 

学校や勉強、部活とか色々忙しくなるし、親より友達ってなってくるとも思うし、気軽に会える環境に戻ったとしても、会う機会はそうないのだろうと思っています。

 

でも、長女は兄に会いたいだろうな…とか、末娘があってみたいと思うかもしれないとか…

 

ツンケンしてたとしても、長男も妹たちや、私にも会いたいと思ってくれているかも…と考えることもあります。

 

今回は将来、娘たちが長男と再開する機会を作るべきかという話をします。

 

基本的には本人たちに任せようと思う

離婚することになった当時から、長男は私の味方をしてくれていた。
 
でも、結局は私のために犠牲になったと思っているし、私自身は長男にとって最低な母親なのです。
 
だから、私から「会いたい」という権利はありません。
そして、「会いたい」と言われて拒否する権利も同じくありません。
 
いや、会いたいと言っても良いのかもしれない。
でも、「会いたくない」と言われても仕方がない立場って方が正しいかな…。
 
離れて暮らしていても、どんな理由で離れても、長男のことが心配なのは間違いないことです。
 
ちゃんと様子を見たい、会いたい、できることはしてあげたいと思う感情は確かにあるから…。
 
長男が会いたいと言えば私は会うし、長女が会うかは長女が選択すれば良い。
 
長女が長男に会いたいといえば、会っていいし会うかどうかは長男が決めれば良い。
 
末娘が会ってみたいというなら、それは取り計らうべきだし、長男の気持ちも考えて行く必要もあるけど、最終的には長男が決めれば良い。
 
そう思っています。
 
私が強制的に会わせることはないし、会いたい気持ちを否定することもありません。
 

今の夫に遠慮する気持ちをフォローする

きっと長女も、離れて暮らす長男も今の夫に遠慮して「会いたい」と言えないのだろうと思うこともあります。
 
でも末娘にもオープンに話している時点で、今の夫はそんなこと気にしてはいないよう。
 
逆に「会いたいんじゃないかな?」と気にすることもあるくらい、きょうだいは会って当然と思ってくれていて、私の過去も受け入れてくれているんだけれど…。
 
今はこんな中だから何も言わないけれど、将来的にはさり気なく会いたいと言える環境を整えて行こうと思っています。
 
遠慮しなくていい。会いたいなら会いに行こう、連絡しよう。
 
それが当たり前と思えるように、長男にも長女にも接することで、末娘も感じるものがあるかもしれません。
 
私が背負う過去から繋がる責任を、一緒に背負ってくれている夫には、本当に感謝しかありません。
 

私が今、一緒に暮らしているのは、元夫との間に生まれた2番目の子(長女)と、今の夫との間に生まれた子(末娘)の二人です。

 

元夫のところには1番上の子(長男)がいて、それは今の夫も長女も理解して当たり前のように話します。

 

だからといって今の世の中の状況も関係して、会うことは全くない状態。

 

そんな中で末娘も成長し、長男の存在に戸惑い、疑問を感じているように見えるのです。

 

今回は末娘の様子や家族の考えについてお話しようと思います。

 

自分には兄がいる?なぜ一緒にいないのかという疑問

私達家族は最初から私の離婚歴や長男の存在を隠すことはしませんでした。
 
普通に長女は長男の話をするし、それに夫も返事をする。
 
そんな環境で育ってきた末娘は「兄の存在」はわかっていて、「お兄ちゃんがいるんだよ」ということもあります。
 
でも、幼稚園などでの兄弟関係を見ても、長男だけが一緒に暮らしていないことを疑問に感じているようです。
 
長女が一度「ママはお姉ちゃんのパパと離婚して今のパパと結婚して…」の話をしたことがあったのですが、まだそれは難しい話です。
 
長男が誰と、どこで暮らしているかということ興味はないようですが、姉はいて兄はいないということだけは気になるのでしょうね。
 
ずっと話しているとはいえ、将来、
 
「母親の離婚と再婚」
「姉とは父親が違う」
 
という事実を理解した時、どういう気持ちになるのだろう…という不安があります。
 

「知らないのは末娘だけ」という状況を作りたくなかった。

理解できる年齢になるまで、もしくは必要に迫られるまでは事実や存在を言わないという方法もありました。
 
しかし、当時はまだ長女も幼く、長男と仲良しだったからこそ、その存在を忘れないように口にするような雰囲気がありました。
 
前のブログでSNSを隠すことは長男の存在を消すも同然と書いたように、「口にしてはいけない」と教えること、気を使うことも、長男の存在を消すことになり、私自身も辛かったのです。
 
そして、私も今の夫も長女も知っている事実を、末娘にだけ隠すということが、私の思う家族の形と違うと感じたというものありました。
 
なんとなくわかっていて、事実を知っても「やっぱりそうなんだ」と最小限の傷で済む。
 
でも、完全に隠されていた時、事実に対する傷と隠されて来たことへの傷を二重に負うことになる。
 
そう考えました。
 
末娘が今後、聞いてくるであろうことには素直に答える気でいますし、それで軽蔑される時期もあるかもしれない。
 
それでも私の過去は変えられないし、正当化するつもりもないから、家族の存在と傷を最小限にするべく対応していきたいと思っているのです。

これは私に限った話ではありません。

 

SNSなどで身近な存在に対する愚痴や、思うことを投稿している方が多くいます。

 

それに対するコメントをチェックしてみると、必ずといっていいほど

 

「なんでそんな人を選んだのですか?」

「どうしてそんな相手なのに離れないのですか?」

「そういう相手を選んで離れられないとか、自業自得です」

 

というような書き込みがあるのです。

 

これね…かなりショックだし、ため息が出ないわけがない。

怒りを覚えると同時に自分の判断ミスを痛感して苦しむこともあります。

 

でも、実際には確実な判断って簡単にできるものですか?

できなかったこと、今行動しないことは、そんなにダメなことですか?

 

今回は言われる側になることが多い私が思うことをお話したいと思います。

 

人は完璧が当たり前ではない

私やSNSなどに投稿している人を批判する前に、まず考えてみてほしいです。
 
自分や身近な人は完璧なのか、ダメなところはないのかってことを。
 
悪いところが一つもない完璧な人間なんて正直いないでしょう。
 
相性が良くて、同じ考え方、喜怒哀楽のポイントが似てるからっていう理想の相手に出会える確率ってかなり低いと
し、同じ個体ではない以上それも「似ている」だけであって「同じ」ではありません。
 
90%いいところがあっても、10%は嫌だったり気になるポイントがあったりっていうことは普通。
 
でも不満はたった10%でも妙に大きく感じるし、ストレスが体に与える負担は大きい。
 
だから愚痴も吐きたくなるわけで…。
 
それでも冷静になった時、いいところが勝って不満を埋めて、傷を癒やすから「離れる」っていう決断に至らない人も多いと思いませんか?
 

本質を見抜けないのは、自分だけのせい?

結婚する前にすべての本質を見抜くって誰でも簡単にできて当たり前ですか?
 
すべての人が自分をさらけ出して付き合っているとは思えないし、どんな理由で考えが変わるかなんてわからないですよね?
 
マイナスが勝っているのをわかっていて結婚したとか言ってるなら、なんと言われても仕方ないかもしれません。
 
でも隠されていたら?何かのきっかけで急に変わったとしたら?
 
自分にその原因がないとは言わないけど、未来なんて誰にもわからないからこそ、誰かに責められる覚えもなければ、他人に言える立場でもないと思っています。
 

共感を得ることもあるから

批判されるのが嫌なら書かないことが一番です。
 
それでも書くのはこういう経験やマイナスの話を読んで聞いて、共感から救われたって人も少なからずいるのを私は知っているから。
 
今は全く関係のない立場でなんとなく読んでいるだけの人も、明日は我が身…なんて可能性もあります。
 
無縁であり続けるのが一番幸せでしょうし、そう願い信じていてほしいです。
 
でも、こういう経験を書く人、読んで共感する人を否定できるほど、確実に回避できることでもないと思うから、批判のコメントなんてやめてください。
 
「こんな相手でも書いていないだけで良いところもあるんだろうな」
 
そういう気持ちを持って見守ってほしいし、それができないなら読まず書かずでスルーし、存在さえも忘れてほしいと思います。
 
 
 
 
 

今はSNSを当たり前のように使っている人も多く、私も15年以上利用し続けているものがあります。

 

基本的には鍵をかけてあって、承認した人にしか公開しない完全プライベートな使い方です。

 

しかし、新しい友人ができれば承認申請されることも正直多く、承認すれば私の15年分の投稿を見ることができるわけです。

 

古いものといえば当然、独身時代から前の結婚・出産・子育てについての投稿もあるわけで、今となっては悩むこともあるんです。

 

でも、古い投稿を消すこと、選んで非公開にすることもどうなの??って感じる…

 

今回はそのあたりの考えについてお話したいと思います。

 

SNSって何のためにしているのか…

私の場合、友人と会う機会は本当に少なくて、お互いの近況を手軽に報告し合えるという感覚が便利でSNSを利用しています。
 
始めた時からプライベートで使うと決めて鍵をかけていた代わりに、普段の生活をしっかり報告するスタイルですね。
 
なので、結婚も出産も離婚も…SNSで報告していた面もあります。
 
でも、新たな友達の場合、SNSの過去投稿を見て私の離婚や子供を一人置いてきていることなどを知る可能性もありますよね。
 
番号や他の友人との繋がりで検索できるものもあるし、そこから申請されるものを拒否する理由はどうしたら良いのか…。
 
検索できないようにするというなら、SNSを今後続ける意味は何なのか…
過去を隠すためにやめるのもどうなんんだろう…
 
私は常にそう考えて来ました。
 

過去投稿を非公開・削除すること

これもSNSを続ける意味と同じ…
 
新しい友人に隠すために投稿を選ぶこと、削除・非公開設定すること…
それって意味はあるのかなって。
 
そしてそれをするってことは特に「離れて暮らす息子の存在を否定すること」と同じなのではないかと…。
 
私は離婚も息子と離れて暮らすことも、自分で決めたことで罪も後悔も背負って生き続けると決めているわけだし、息子の気持ちを考えれば、私が「隠す」という行動をすることで否定するなんてありえない。
 
過去や事実を隠すつもりはないと決めたのだから、私は過去の投稿も隠さず投稿しなければいけない。
 
そう思っています。
 

承認できない相手もいる

もちろん、仕事で知り合っただけの相手など決して深く付き合うわけじゃない相手から承認申請があったら、それは拒否する。
 
いや、拒否というよりスルーかな…。
そういう相手から申請されることはまずないとは思うけど。
 
相手が私の過去や息子のことを悪い意味で広めるとか、とにかく嫌な思いをする可能性がある相手でないことを、しっかり見極める必要もあるし、友人でも簡単ではない。
 
でも、私は隠さず胸を張って息子の存在、娘の気持ちや一番下の子の立場を守って行きたいと思っています。

地元を離れてからの友人が、3人目を出産したと報告してくれた。

 

私が再婚で一人離れて暮らしている子がいることは知っている友人だけれど…

 

聞いていろいろ複雑だった私がいる。

 

今回はそんな話をしようと思います。

 

「おめでとう」と思うのは本心なのに…

友人とは本当に仲良くさせてもらっていて、子供同士も仲良し。
 
私が再婚ということも知っているし、「3人目ってどうだった?」と普通に相談してくれるくらい普通に接してくれる。
 
初産ならではの経験があるように、産めば産むほど変わる部分とか経験があるから、語れることは多いけど…。
 
私が自分から「3人目」の話をするのは気が引ける気持ちがある。
 
 
再婚であることも、子供が3人で一番上の子と離れて暮らしている事実も、隠そうとしているわけじゃない。
 
でも、やっぱりそれを大きな声で語っていいとは思えないし、誇れることでもない。
 
そんな気持ちといつも葛藤している私がいて…
 
だからこそ、聞かれたことだけしか答えてはいけないし、私の口から長男の名前を出してもいけないと感じている。
 
3人「産んだ」のは確かでも「3人の子供を同時に育てる」経験はしていないって事実も「他とは違う」と思う感じる理由なんだと思う。
 

「産んだだけの母親」と自分で思ってるんだな…

結局、友人が聞きたいのは「出産について」なんだけど、私の中では3人の子育てを最後までしていない自分に後ろめたさがあるんだと思う。
 
息子とはほとんどの時間を過ごしていないようなものだし、一緒にいる間だって優先できてなくて…
 
だから私は自分で自分を「産んだだけの母親」と思っているんだよね。
 
父親が違ったとしても、今一緒に暮らしていたなら、もっと堂々と3人目の出産について答えられたんだろうねって。
 
でも、それができなないから、子供は3人で同じなのに友人に対して劣等感があって尊敬してみたり、不思議なくらい悔しいって思ったりするんだろう…。
 
本当に勝手な考えで、その勝手さで勝手に傷ついて勝手に後ろめたくなって迷惑なタイプになっていく。
 

だからって過去は変えられない。

今の人生だって私が自分で選んだわけで、それで犠牲になったのは私じゃなく息子。
 
それだけは絶対に忘れちゃいけなくて、都合よく何だなんて語れる立場にはないってこと、理解してる。
 
だからこそ、友人のおめでたい話を素直に喜んでお祝いしたいって思うのに、できない自分が嫌で…
 
そんな悪循環に陥っている。
 
きっとこの複雑な気持ちは一生変わらなくて、持ち続けなきゃならないんだと覚悟する日々。

私は最初の出産が未婚で、二人目が既婚ではあるけど不安しかない中で…

 

そして離婚して再婚して3人めを新たな環境で出産して…

 

それぞれが違う環境だったように思う。

 

落ち着いた今思い返せば、心身ともに大きな違いがあったと思う。

 

今回はそのことを書きたいと思います。

 

未婚での出産は不安と恐怖と…喜びは付いてこなかった。

 
未婚での出産は不安しかなかった。
 
まだ若かったし、当然初産なわけで…。
妊娠・出産そのものが怖い中で、これから母親になれるのか、育てられるのかって人間的な不安は誰でもあると思う。
 
でも私の場合は未婚で、父親である元夫は何に対しても曖昧な返事しかしない。
 
検診や出産の費用っていう眼の前の問題に加えて、将来的な金銭面の不安。
 
結婚してくれるのだろうか、ちゃんと父親になってくれるのだろうか…
そんな不安もついて回る日々で。
 
正直、よく無事に健康に生まれたなって思うくらい、メンタル面はマイナスだったと思う。
 
「もうすぐ会えるよ」って時が唯一、覚悟を決めて構えていた一番喜びの深い時期だったような気がする。
 

既婚でも相手が興味を示さないことで不安は募る

二人目の出産は既婚ではあったけれど、相手は変わらないわけで…。
 
籍が入っていても入っていなくても、人間は簡単に変わらないと本気で思った。
 
上の子をほ一人で世話しながら二人目の妊娠で、仕事との両立も大変な中、元夫は何の変化もなく自由に生きていた。
 
それをみて苛立ちを募らせても、将来2人の子を一人で育てることに対する不安を感じて諦めたり、なるようにしかならないと悩んだり…。
 
産む決断をした自分を、自分で責めることもあったし、自分の子供が生まれること、私がその工程の最中にいること…元夫は興味もないのだろう、責任も感じないのだろうと思った。
 
そして、また生まれた喜びを感じることは少なくて、苦しかった。
 
 

望んで生まれて来ることは子供だけの幸せじゃない

今の夫と再婚して、全く違う環境の中で出産してみて、初めて喜びを感じた。
 
夫は一緒にいる娘のこともとても愛してくれているけど、自分の子供も望んでいた。
 
妊娠がわかったときの喜び方は想像のはるか上を行ったし、妊娠中も出産準備も、名前を考えるとかいろんな工程で幸せがにじみ出てた。
 
3人目の出産で出産そのものには不安を感じていない私に対して、
逆に「軽い」と不満を漏らすこともあるくらい真剣で…
 
本当に待ち望まれた子供が産まれた時の感情はその表情を見ればわかって。
 
その表情を見られたことで、私も出産の瞬間に喜びを初めて感じることができた。
 
出産は夫婦揃って同じ気持ちだからこそ、幸せなんだって本気で思った経験だったと思う。
 
 
 

私はあの離婚によって、多くのものを失って、子供たちを傷つけて息子には不自由させて…。

 

私があの日、離婚の決断をしなければ違った部分は確実に存在しています。

 

あの時は勢いもあった。

辛い現実に占められて他のことなんて考えられなかった部分もあったのは確かで…。

 

もしもう少し冷静に物事をみていたら、違った現実もあったかもしれない。

 

離婚しない道は…

でももしあの時何らかの考えで離婚を思いとどまっていたとしたら…。
 
私は笑うことはできなかったし、子供たちのきっと笑えないままだったんじゃないかな…。
 
それは幸せなのかな…。
 
誰かのために自分の幸せを投げ出すこと…それは正しいの??
 
私はそうとは思えなくて。
 
期間限定でもなんでも、過ぎた時間は戻らない…。
 
子供たちのそばにいることはできても、私たちみんなが幸せになれる道ではなくて…。
 
離婚しない選択をした場合、一番喜び幸せなのは元夫なんじゃないかって思うと、離婚して良かったと思う私が居て。
 

最善の道は他にあったとは思う

元夫との離婚は、失うものはあっても私や子供たちのために一番だったと信じてる。
 
でもどうしてもそこに、息子と離れる決断への後悔があって…。
 
何としても私が連れてくるべきだったと思うし、何を言われても、どんなに不利でも、できることはあったはず…
 
それをしなかったことへの後悔がある…。
 
でも、残ることを決めた息子の意思を否定して、無理矢理でも連れてくることが正しかったとも言い切れなくて…。
 
ただの親のエゴなのかな…。
 
離れるにしても、もっと息子に寄り添えるような環境や暮らしを選ぶこともできたかもしれない。
 
言葉に出してはいけないと飲み込んだかもしれない息子の本当の願いを、私はちゃんとわかっていたのかな?
 
娘の意思はもっとはっきりあったんじゃないか…。
 
とにかく今でも、息子を気にするあまりふと、選択ミスに悩むことがある。
 
そもそもそれが「ミス」だったかどうかも、「正しい選択」が何だったのかも、今の時点で全く分からないんだけれど…。
 

それでも結局戻せないから…

どんなに悩んで、悲しくなって、たとえ後悔に変わっても…
 
今という一瞬すら時間を戻すことはできない。許されない。
 
前に進む以外になくて、考える時間がただの無駄で…。
 
あの時の選択を変えられないから、今も変わらない。
 
でもあの時のあの選択で繋がる最終的な未来への分岐点はこれからもたくさんあると思う。
 
だから、その選択一つを思うんじゃなくて、今できるあの日からの道を変える選択をできるようにしたい…。
 
あの時言えなかった言葉があるなら、今、今らしい言葉に変えて言えばいい…。
 
大きく変わらなくても、何もしないよりほんの少し変わると信じて…。
 
私は毎回考えて落ち込むけど、その度に今できることを探すんだ。
 
後悔するだけじゃ、子供たちに申し訳ないから…。
 
残りの人生、大きな後悔をしないように、一つ一つの選択を真剣にする姿を残すことだけが、私にできる唯一の償いだと思っています。

元夫のところで暮らしている息子とは、もうしばらく会っていません。

 

電話やメールといったやりとりはしていますが、直接会う機会は本当にお互い作れない部分があります。

 

成長して自分の予定も大事にするようになった息子は、私のこちらでの生活にも気を使っているのかもしれません。

 

娘たちの成長と共に息子のことも…

そばに娘がいてその成長を感じるとき、同じように息子の成長も感じるわけです。
 
私の中で、息子の見た目は一定のまま変わらない…。
でもそんなはずはないですからね…。
 
背も伸びたんだろう、動き方も変わったんだろう…。
 
そう想像はしても、実感することのできないもどかしさ。
 
そばにいれば気が付く変化にも、電話やメールだけでは気付けない…。
 
あの子が私の知らない時、何を見て何を感じていたか聞く以外に分かりえないから…。
 
私がそばにいないことで、あの子の未来の何かは失われたかもしれない…。
 
でも、いないことで得たものもあるのかもしれない…。
 

親としてしてあげたかったこと…

一緒にいた時、まだ子供たちは小さかったし、私も親として未熟で…
 
親は子供にとってどんな存在であるべきかなんて想像もできなくて。
 
特に自身が親との関係性が良くなったから、手探りの子育ての中で、目の前しか見えなくて…。
 
でも、離れて暮らして、成長を感じるごとに…、自分が年齢を重ねるごとに…
 
してあげたかったこと、一緒にしたかったことを思うようになった。
 
娘たちとそれをすることはできる。
でも、娘たちは娘たちで、息子とは違う…。
 
同じ私の子供なのに息子だけがそれを満たせないことは辛さしかない。
 
一緒に居てもいなくても、男の子だから、女の子よりきっと確実に私からは離れる時が来たはず。
 
だからそこ、一緒に居られる時間は貴重で、特別だったはずなのに、それを望むことさえ許されないことを私はしたんだなって思う。
 
 

それは息子も同じかもしれない

母親はいたらこうだったかもしれないって思うこと、きっとあると思う。
 
でも、それを満たすことはできなくて悲しんだり、私を恨んだりするかもしれない。
 
将来、何か上手くいかないことがあった時、全部私を含めた過去のせいにするかもしれない。
 
それは仕方ない。私に向くなら構わない。
 
でも…
 
私のことやこの経験を理由に殻に閉じこもってしまうことはしてほしくない…。
 
全ての理由を一つにまとめて、自分の道を閉ざしてほしくない…。
 
私が居てもいなくても、どんな経験をしていようと、息子は息子で誰でもない…。
 
もともとの自分に、経験したからこその自分が合わさって自分なのだから…。
 
「親のいない自分には…」「あんな経験をした自分には…」なんて思わないで…。
 
きっと素晴らしい人生を、自分の手で掴めると信じているし、そのために悪者が必要なら、それは私でいい。
 
だから、私を踏み台に…経験をバネにして…息子自身が思う素晴らしい人生を歩んでほしいと、心から願っている私です。

元夫とは離婚してから数年経ちますが、子供のこともあるので連絡は取れる状況を保っています。

 

それは今の夫も了承している点ですが、正直、ちょっと困った連絡がありました。

 

息子には母親が必要だ

息子が元夫のところに残ったことには、本人の意思も含まれています。
 
もちろん、私がきちんと環境を整えてあげられたなら、私と一緒に来たのかもしれないという部分はありますし、辛い思いをさせたのは確かです。
 
でも、元夫からの連絡はあまりに身勝手で…。
 
「〇歳になって人間関係のトラブルが絶えないんだ。俺ではダメだ、母親が必要だ」
 
うん。母親がいないことで不自由することもあるかもしれない。
他人から何か言われることもあるかもしれない。
 
それは私がそばにいないから、私の責任だから…
受け止めることはできます。
 
でも、その後に続く言葉は
 
「息子のために戻ってこい。一緒に暮らそう」
 
でした。
 
再婚してこちらに子供がいることも知ってるんですよ?
 
それでも戻ってこいって簡単に言える気持ちが分かりません。
 
私は子供を置いてきている身だから、再婚してさらに子供を授かるべきではなかったのかもしれないと思うことはあります。
 
でも、それは息子に対して思うことであって、元夫に対しては思うはずがないんですよね…。
 

息子本人に聞いてみた

元夫の話を聞くだけではどうにもならず、息子本人に連絡して話を聞きました。
 
きっと気を使って言えない事実もあると思います。
 
でも、本人が私に伝えたトラブルの原因は、きっと誰だって経験のある性格や好みなどの相性によるもの。
 
年齢的に普通のことなんですよ。
 
そこに「母親いないくせに…」的なからかいなんかがある可能性は否めないし、そしたら本当に申し訳ないと思うけど、息子は明るく否定しました。
 
もし、私と共に暮らすことが良いと思えば、こちらで暮らしても構わないという話は、こちらでもついていて伝えたけれど…。
 
とにかく「環境を変えたくないし、自分で決めたこと、大人になるまで何年でもない。」
 
そんな考えを口にしていた息子に安心しました。
 

元夫はその事実を…

はい、受け入れるわけがありません。
私に戻って来いと言い張りました。
 
私が戻ってもね、私が心配しているような内容でトラブルになっているわけではないなら、解決しません。
 
逆にいきなり戻ってきたら、それはそれで標的になる可能性もある…。
 
何年経つと思っているのか。
 
そしてこちらの家族を再び犠牲にすることになることを、なんとも思わない元夫には、本当に失望しました。
 
「男同士だから!」なんて昔は私を蚊帳の外にしたのにね…。
 
いざ難しくなったら都合良いな…なんて。
 
とにかく私は息子と向き合いますし、大事に思う気持ちは今も昔も変わりません。
 
ただ、あの人の都合にだけ振り回されるのは絶対に嫌だと思ったお話しです。

今、夫の間に子供がいるけれど、その子に事実を話す時を考えています。

 

基本的に外部からの情報がなければ、私がバツイチ再婚で、姉は連れ子で、他にも兄がいる…なんて知ることはありません。

 

でもいつか、戸籍を見ることもあるだろうし、なんだかんだで知る日は来るでしょう。

 

知らないのは一人だけ

私と夫はもちろん、離婚・再婚当時の記憶がしっかりしている姉である娘も事実は知っています。
 
今の時点で何も知らずにいるのはこの子だけです。
 
まだ小さいからとはいえ、知らないから当たり前に過ごしている部分はあると思うし、知った時どんな気持ちになるかは想像できません。
 
でも、衝撃的な知り方をしてしまった場合、知らなかったのは自分だけだという点でも傷つくのではないかとも感じるのです。
 
だから、ある程度の年齢になったらそれとなく話す方がいいのかな?って考えては、知らない方が良いこともあると思うなど、私もずっと悩んでいます。
 

想定外に知る場合のリスク

私自身はたいしたことじゃありません。
何となくわかってもいたことでしたし…。
 
私の両親の入籍日は、私が生まれる直前でした。
俗にいうできちゃった婚だったんですね。
 
だから、「あなたがいなければ結婚なんてしなかったのに」なんて言われたわけで…。
 
分かっていても、その事実を記録として確認した時の落胆の気持ちと言ったら…。
 
しかも、生まれる直前に入籍って、しなかった理由は何??とか余計なことも考えました。
 
だから、何も知らずに突然知ったらどうだろうと考えると怖いのです。
 
両親が再婚同士…はたいしたことじゃないかもしれない。
 
でも、姉とは半分しか血が繋がっていないとか、次女と思っていたら実は長女だったとか…いろいろあります。
 
突然すぎると受け入れきれない気がして…。
 
大体の場合、高校とか進学に必要な書類として戸籍記録を求められますよね。
 
結構デリケートな年ごろでそれを知るってダメージリスク大きい気がします。
 

タイミングは作るしかない

偶然的に知って傷つくよりは、ある程度前から自然に話しておければ良いかなって思ってます。
 
夫が上の娘にも同じように接していて、娘も妹の存在を喜んで大切にして…
 
それが事実じゃないですか?
 
いきなり知るとどうしていいか分からなくなるけど、ゆっくりりた時間の中でゆっくり知ったら、事実とのすり合わせもしやすいんじゃないかって…。
 
だから、あえて隠すことはしないつもりです。
そう上の娘にも話しています。
 
ふと過去のことを思い出すなら、それは遠慮せずに話せばいいし、「それはどういうこと?」と下の子が聞けば「実はね」と話す。
 
全部一気にいう必要はなくて、そうやってタイミングを作りながら、一つ一つ繋げてくれれば一番なんじゃないかって。
 
興味を示さないなら、無理に話す必要もないし、「隠さない」のスタイルだけは貫いていきたいと思っています。
 

軽蔑されるかもしれない

別に暮らす兄がいると知った時、軽蔑される可能性もあります。
 
でも、それは私の責任であって、他に誰のせいでもない。
 
だから私が一緒に暮らす二人を大切にしながら、離れて暮らす息子のことを同じように思っている気持ちは見せつつ…
 
軽蔑されるなら、それは甘んじて受ける覚悟はあります。
 
どれも分かった上で、産んでいる娘ですから…。
 
でも、そうなってほしくはないのも事実。
 
私は私に正直に、そして幸せであることを伝えていきたいです。