おっさんBは、匿名希望のおっさんの事です。


これはフィクションです。


総合病院の11階、談話室。
2月だが、午後の日差しが暖かい。
外を見ると、川には9桁はしそうなクルーザーが1艙、係留されている。
どれほど悪い事をしたら、あんなのが買えるんだろうと考える。
で、俺はここで一体何してるんだ?


土曜日の深夜、気分が悪くなりトイレで吐こうとしたが駄目で、取り敢えず座る。
不快な感じがして、お腹のあたりを見ると血の海になっていた。
床にも血が飛び散っている。
吐血したようだが、その瞬間気を失ったようで、記憶がない。
立つ事が出来ない程、頭がふらつき気分が悪い。
暫くじっとして、少ししてから、お腹の血を拭いて、なんとか風呂場へ。
洗い場でパジャマを脱ぎ、シャワーを浴びる。
高めの温度でかかり、うずくまったまま、ふらつきが収まるのを待つ。
居間に帰り、寝ていた家内に「血を吐いたので、トイレと風呂場を汚してしまった。」と言う。
寝ていた家内は、「血を」の所を聞き逃し、「吐いたので~」と聞いたようで、また寝てしまった。
血をかなり失ったためか、うまく考える事ができない。
とりあえず横になってから考えようと思った。
数時間、ベッドで暖まりながら、どうしたらいいのか懸命に考える。
暫く横になっていたためか、少し元気になり、家内の所に行って、「血を吐いたので救急車を呼んだ方がいいか?」と聞く。
驚いた家内は、トイレと風呂場の血を見て、「救急車を呼びましょう!」と言う。

生まれて初めて119番に電話する。
4時頃だったが、ワンコールで「119番です。火事ですか?救急ですか?~」という、例のフレーズが、落ち着いた声で流れてくる。
血を吐いた事、意識はある、云々のやり取りの後、数分で救急車が到着する。
大阪は速い。
救急車に乗り、吐血した事を言う。
救急隊員は、私の瞼を広げ目を見て、「貧血を起こしてますね。」と言う。
そうだろうな、と思った。
消化器系の設備のある病院をリストアップして、「日赤」、「警察病院」等に連絡するが、どこも一杯で受け入れてもらえない。
おっさんBは、いつも運が悪い。
少し遠いが、西区のT総合病院に運ばれる。
20分ほど揺られながら、「乗りごごちが悪いのは、多分リジットアクスル+リーフスプリングのせいで、車重に対してバネが硬すぎるなぁ。」(おっさんBはカーマニア)とか「もう自宅に帰れないだろうなぁ。」とか「これが最後なら、ちゃんと家を見ておいたら良かった。」とか、考えていた。
5時頃、T総合病院に到着し、血液検査、CTやレントゲンを撮られる。
「胃で出血した事は間違いないと思う、明日胃カメラで確認する。」と、ドクターが言う。
点滴を一本(500ml)程打ち終わったたころ、やっと気分が良くなってきた。
僕が運ばれてから、まだ何人か救急搬送されて来る。
救急外来のドクター、ナースは本当に大変だなぁ、と思う。
私が検査を受けている間、家内もいろいろ細かい事を処理してもらっていた様だが、見ていないのでわからない。
今の所、出血は止まっている様で、点滴を続けながら様子を見る。
日曜日は、そのまま過ぎていった。


月曜日
朝6時、採血
正午前に胃カメラの検査を受ける事になる。
検査室に運ばれ、左側を下にして横になる。
喉に麻酔か何かを吹きかけられ、マウスピースを付けさせられた所まで記憶があるが、次に気が付いた時には病室に戻っていた。
麻酔で、寝落ちしたのだろう。
また点滴を続けながら、時間が経つのを待つ。
20時頃、ドクターの説明を受ける。
「胃に腫瘍などは無く、出血の原因がわからない。恐らく嘔吐した時に食道を傷つけ、出血したと思う。」
「このまま、入院してもらい、様子を見ます。」
との事。
そうなると、僕にする事はない。
ひたすら時間が過ぎるのを待つ。


火曜日
今日も朝6時に採血
ふらつきが収まったので、病棟の廊下を歩く許可が出る。
歩き回ると、見晴らしのいい談話室を見つける。
11階である事を思い出す。
暫く、外を眺め、これからどうなるか考える。
あれだけ出血したのだから、ドクターが言うこと以外の病気があるような気がする。
家内と娘に何か言葉を残しておこうと思い、スマホに入力を始める。
スマホで長文を入力するのは、僕には難しいので、二人には、今まで世話になった事への感謝の気持ちを簡単に、しかし正直に綴った。
20時頃、ドクターの回診があり、色々質問されたが、今の所、痛い所も不快な所も無い事を告げる。
「血液検査を続けて何も問題なければ、木曜日の退院を目指しましょう。」と言われる。
そこで、明日から、少しづ食事をして様子を見る事になる。
そういえば、土曜の夕飯から何も食べていなかったなぁと思う。
点滴での栄養補給があると、案外空腹を感じないものだ。
今日から、いびきのすごい患者が同室となった。
隣はアル中で肝硬変(だと思う)の人だし。
まいったな。


水曜日
今日も朝6時に採血。
ひたすら待ちの態勢だ。
ベッドに寝ていると、か細い声で、「誰か来て!」と言っているのが聞こえた。
がらんとした廊下を覗いて耳を澄ますと、もう一度聞こえた。
どこだろう、と思いながら、近くを歩くと、開いていた扉の奥で、倒れているおばあさんを発見。
高級な病室で、トイレや応接セット、大型テレビがある部屋だ。
そこのトイレの入り口で、足を滑らせたようで、点滴のチューブが絡まっているので立ち上がれないようだ。
下手に動かすとまずいと思い、おばあさんに声だけかけて、ナースを呼びに廊下に出る。
近くにいたナースを呼び、二人で抱え起こす時に、もう一人ナースが参加して、ベッドに運ぶ。
ナースから、もういいので出て行ってほしいと言われ、病室を出る。
それにしても、上等な部屋だったな。
僕の入っている、庶民用の四人部屋の倍の広さはあり、設備もホテルのようだった。
財産の有る無しでこんなに違うんだと、深く思う。
まぁ、お金が全てのような生き方はしてこなかったし。
どうでもいいか、と思う。


そして、今、談話室にいる。



明朝の血液検査で、どうなるか決まる。


木曜日
例によって、朝6時に採血。
この結果で、今日の退院が決まる。
9時頃に、定時の巡回にナースが来て、「退院ですよ。」と言われた。
使っているPCに、僕が本日の退院と表示されているらしい。
ちょっとして、ドクターが来られて、「血液検査の結果に問題がないので退院できますよ。」との事。
今後の注意事項、次回の診察予定の決定をして、退院となった。
家内に迎えに来てもらい、病院を後にする。

帰宅して、家内に最初に言った言葉は、「コーヒーが飲みたいな。」だった。
ああ、庶民。




西区のT総合病院の皆さん、お世話になりました。
大阪市消防局の救急隊の皆さん、お世話になりました。
皆さんに感謝いたします。
ありがとうございました。



最後まで読んで頂き感謝します。