スポーツジムでご一緒のAさん(八十代)は人気者だ。

おだやかで、いつもにこにこ笑っていて

たくさんいるメンバーの名前を全部覚えて話しかける。

私も、まだAさんの名前を覚えないうちに、

「ばさん、おはよう。いいお天気ね。」と声をかけられた。

もうお年なので、ゆるやかなレッスンを中心に参加し、

ほぼ毎日、ジムに来ていた。

 

 

そんなAさんが、急に来なくなった。二年ほど前のこと。

おばさんたちは情報が早い。

「旦那さんが具合悪いらしい。」

「すごく横暴な人だってよ。」

「Aさん、黙々と介護しているって。」

 

 

その噂は本当だった。

かかりつけの整形外科で、偶然Aさんご夫婦に会ったのだ。

「まあ!同じ先生だったのね。

ごめんね。今この人がいるから。」

あいかわらずにこにこと私に話しかけるAさんの横には

不機嫌そうなご主人。

「タクシーはまだ来ないのか!」

「痛い痛い。ちっともよくならない。」

私には目も向けず、不満を言い続けている。

またね、とにこにこ手をふるAさんに会釈して

これは確かに大変だな、と思った。

 

 

それからしばらく過ぎたある日、

久しぶりにAさんとジムでお会いした。

あ、今日は来れたんですね、と声をかけると

「うん。主人亡くなったの。」と

にこにこ、おだやかな返事。

あわててお悔やみを述べようとする私に

「これからまた毎日来るからよろしくね。」

にこにこと去って行く。

 

 

おばさんたちは

「あのまま続いたら、Aさん共倒れだったわ。」

「亡くなってくれて正解だね。」

「本当によかったよかった。」

 

 

確かにそうかもしれない。

でも、自分が亡くなった時、

そんな風に言われたくないなあ。

 

 

Aさんとは昨日も会った。

「なんか遅くなっちゃったから、お風呂だけでも入るわ。

、またね。」と手を振っておられた。

Aさんが幸せなら、いいけどね。

 

 

二月二十一日  「ば」でした。

二日前に、左足を捻挫しました。

この話は、改めて。