あのJRの事故のあと、

私たち近所に住んでいる人間は会うたびに

「どなたか乗っていた?」と聴きあった。

友人がけが、近所の人が犠牲に・・などと言い合って

最後に必ず、こう嘆いた。

「あんなに大きな事故だものね。

必ず、どなたかお知り合いがいるよね。」

 

 

私も、直接のお知り合いはいなかったが

一度お仕事をご一緒した先輩が大怪我をして、

息子「た」の後輩のお母さまと

教え子いーちゃんの同級生が亡くなられた。

いーちゃんは、一年後に

「悲しみって、なかなか終わりませんね。」と

つぶやいていた。

 

 

二十年。

一度、追悼の場所に行こうね、と

だんな「ぴ」と言い合う。

 

 

四月二十六日  「ば」でした。

なんか寒い。

カイロを買おうと思ったら、もう売ってない。

おいおいおい・・