ホスト列伝その7 広瀬哲朗
■広瀬哲朗(1961/1/23~)
1986年、25歳でホストの世界に入った遅咲きのガッツマン。入店から3年は、水道橋の東京ハムリンズと千葉県鎌ヶ谷市のハム太郎を行ったりきたりし、その後も、水道橋店に定着するもあくまでヘルプ要員扱いであった。
しかし93年に大沢親分(=大沢啓二氏)が店長に返り咲くや、フロアでヘッドスライディングをしてみせるという闘志あふれる捨て身のパフォーマンスが見込まれ、一躍チーフに抜擢される。
控えめなホストが多かった当時のハムリンズでは異色の存在として、記録的には二流であったにもかかわらず、根強い人気があった。
1999年に引退後、人気を生かしての芸能活動に勤しむ傍ら、キャバクラ日本女子の店長にも就任。CDも出せばコメンテーターもすると、八面六臂の大活躍である。現在は北海道を拠点に、札幌ハムリンズのご意見番として地位を確立している。
風貌が似ていることから、歌手の松山千春に間違えられることがあるという。
ちなみに、ご意見番としては、「しゃべりすぎる」「下品」等の苦言も耳にすることを付記する。
