ホスト列伝その5 SHINJO
■SHINJO(1972/1/28~)
日本ホスト界80年の歴史でも類を見ない、規格外の宇宙人。その名(迷)語録、仰天活動は枚挙の暇もない。昭和30-40年代のスーパーホスト、ミスター(=長嶋茂雄)とも並び称されるであろう伝説的ホスト。
1989年、大阪の名門クラブ若虎でホストデビュー。1992年には同僚の亀山努(=カメ)とともに大フィーバーを巻き起こす。
甘いマスクとデニムの似合う締まったヒップで一躍人気者となり、売り上げ成績が平凡であるにもかかわらず、2000年まで若虎の主力として一世を風靡する。
2000年末に米国進出。同年にやはり米国進出を果たしたイチローと比較されることも多かったが、いわく「記録はイチローくんにまかせて、記憶はボク(SHINJO)にまかせて」とマイペース。NYのクラブメッツ、SFのザ・ジャイアンツでもその明るい性格で人気を博した。
「アメリカは3年で飽きた」と帰国宣言し、最初にオファーのあったハムリンズへの入店を決める。札幌進出を決めたばかりのハムリンズのイメージアップに最適な人選として、ホスト不毛地帯だった北海道にホストクラブの楽しさを浸透させた。
また、人気の中央ホスト協会の向こうを張って「これからはパ・リーグです」等の名言で、折りしも組合店の削減問題で揺れていた太平洋ホスト組合の難問課題を吹き飛ばす新風さえ巻き起こした。
2004年からの札幌ハムリンズでのサービスは、米国で得た経験を基にした全く新しいスタイルだった。「エンジョイ!」が合言葉の接客スタイルは、かぶりものであったりイリュージョンであったりゴンドラでの入場であったりと、過去に例のない奇抜なものばかり。開店時のみならず控え室やオフタイムでも徹底しているそのスタイルに、周囲の若手は言うに及ばずベテランホスト陣も感化され、今のハムリンズの明るく楽しいイメージができあがったといっても過言でない。
閑古鳥の鳴いていた店舗を超満員にしたいという夢を叶えた2006年の年度が始まった4月に引退宣言を。以降紆余曲折しながらも、「つーさんを胴上げしたい」の合言葉に、ホストたちとハムリンズファンが一丸となって売り上げ、回転率を大幅アップさせ、ついには日本一にまで到達。例によって記録的には一流半のSHINJO氏だが、精神的支柱として常にハムリンズ大躍進の中心にいた。
昨日、予告どおりに引退発表を行った彼の今後の予定はいまだ明かされていない。が、仰天企画で再登場してくれることは間違いあるまい。
ホストという枠にはまらないこれからのSHINJO氏の活躍に、引き続き注目していきたい。
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