つづくなあ、、、もう第7話になりましたねえ。


そのまえに、昨日はむちゃくちゃムカつきました。
ヤフーのカテゴリー登録手配を先週やったんですが、(ビジネスエクスプレスで)昨日返事があって、お金が足りませんので、契約解除し返金します!だって。


5万円振込してたんだけど、なんでも「お宅のサイトはスキンケア関連ザイトにあたると思われますので、15万円です。!!」だって。


たしかに俺がよくわかってなかったのかもしれないけど、まるでボッタクリだああ。登録するだけで15万円ななんて。ヤフーサーファーの人件費も高いんだろうけど、この秋にはグーグルのまねしてロボット検索主体にするくせに!!


「ちくしょー!!」、、、っということで、YSTがリニュアルされるまで様子みることにします。


しかし、外資系(ヤフーはほとんど日本企業だけど、)って殿様商売のところが多いんだよなあ。オーバーチュアなんかとんでもなかったもの。


なんか感謝の気持ちが感じられないんだよなあ、外資の商売のやり方って。


あ~、もう長くなっちゃったので、申し訳ないですが、第7は明日に延期させてもらってもいいでしょうか?


みなさん(と言ってもだれも見てなかったりして・・・さびし!)、ごめんなさ~い。


でも昨日のやくそくの写真入り茅ヶ崎情報、これからトライします。


では、ほんとごめんなさい。・・・いよいよクライマックスです!

昨日、ケータイ電話の機種変更のこと書きましたが、今日実行しました。


ボーダフォンなんですが、いままでの機種は2年半以上使っていたので、最新状況をよく理解していなかったんですが、すごいですね!200万画素のカメラつきでした。びっくり。


これで明日以降、撮った写真をブログののせるぞ~!!


でもできるだろうか?


ず~っと、IT系の会社で働いていたんだけど、実はむちゃくちゃメカが苦手なのでした。


まあ、できるかどうか、さあ明日にご期待!!


雨さえ降らなければ、茅ヶ崎の海を撮ってきます!!(予定)


では。

第六話・・・かな?


え~っと、、、2社目の退社までが前回のお話でしたので、今日は3社目。


当時、その会社は営業系ベンチャーでブリブリ言わせてました。私もエグゼクティブ専門人材紹介会社より紹介されて行ったのでした。そう、メジャーどころのベンチャーキャピタルも2社出資していて・・・あれ?1社目と展開が似てるなあ、、、


そこの会社のビジネスモデルは非常によかったです。仕事も私の得意分野でしたから、楽しかったですね~、お客さんと話しているときは・・・。


ですが、マネージメント手法が問題ありましたね、、性悪説マネージメントでしたから。これはあくまで私の主観で見ると!ということですから誤解なきように。でもきっとみんなそう感じてたんじゃないでしょうか。


何がいいかわるいかの詳細は割愛しますが、人の入れ替わりが激しかったですね。いや、歩合営業制で、営業マンは使いすて状態だった、一時期のH通信みたいな会社ではないですよ、念のため。


だって、入社して半年程度で古い方から数えた方がはやくなりましたから。(全部で、50人くらいいたかなあ・・・)


結局私は9ヶ月で退社したんですが、そのあとそのとき残っていた主要メンバーが三ヵ月後くらいにみんな退社してましたねえ。


仕事はいい会社だったんですけどね。


今は、大手系列の会社の下に入ったようですが、人は常にフルに入れ替わってるって感じです。~残念!!


つづく

今日出勤途中、自転車で海を通りながら考えてた。


どうやって、「バスグッス販売の仕事」と「茅ヶ崎」を結び付けられるか?


茅ヶ崎のイメージ、、、スロー、サザン、海、、、、、


前からこの会社は、小売として大きくするつもりはなく、いずれは自社ブランド製品を出したい!


つまりメーカー目指してるんですが、ふと、そうだ!「バスタイムデザインから、「茅ヶ崎」(???・・・詳細未定)


ってな商品ブランドで出したい!!なんてふっと思いました。


うん、これはいい・・・・・はず!!


どう思います?


きっとやります!!


追伸

携帯電話を機種変更したい。いままで電話は話せればいいと思っていたけど、ブログに写真のせたいし、それにはケータイがいちばんいいかも・・・だからカメラのきれいに写るやつ。さ~がそっと!!


次に入社したのは、画像処理技術の特許をもつやはりITベンチャー。やっぱりITバブルははじけたあとだったんだけど、やっぱり求人はIT系が強かったなあ~。


ここはほとんど宗教法人みたいなところでした。

入ってみてはじめてわかったへんな会社。自分は会社を見る目はかなりあるほうだと思っていたけど、この会社は想定外のため、読みきれませんでした。・・・なんて。


だって、活気があるか、社長はどんな人か、ビジネスモデルはしっかりしているか、、、などなど調べますけど、まあそのどれにもあてはまらない、思わぬ落とし穴のすごい会社でした。


あまりよくわかないでしょうけど、まあ大変な会社だったわけです。


でもすごい有名どころの、一流商社、一流メーカーから幹部は集まってたんですよ!ほんと。


前年にシステム販売で一発あてて、20億の売上があがり急拡大。一揆に2百人体制目指して拡大してましたが、翌年の売上がほとんど0。


というわけで、またまた一暴れして、6ヶ月で退社・・・。

やめるまえ私が、「もうがまんできない!!」って言ったら、「もうしばらく一緒にやろう!!太陽作戦で行こう・・・つまり気長にやろう。」なんていいながら私を引き止めていた販社の社長以下役員も、私の退社後一ヶ月で総退陣。

やっぱりそうなる会社だったんですねえ。


まあ、事故みたいなもんでした。ここはもう会社存在してません。


つづく

第4話


とにかく、大枠の理由はそんなこんなで4回の転職となりました。


最初の会社は、IT系ベンチャーで、そのとき20名くらいの会社に営業担当役員で入りました。メジャーなベンチャーキャピタルも投資していて、某大手商社部門から買収の話しなんかもありましたねえ。


そこで実は入社した時点ですでに、社内内紛が起こっていて、それに巻き込まれてしまったような形になっちゃいましたが、私としてはとにかく会社を存続発展させるために、キャッシュフローのチェックや、事業ドメインの整理や、いろんな資料を作成整理し、私なりの提案を出しました。


でも根幹は、その内紛がネックでしたね。私はどちら派というわけではなかったのですが、会社をうまく機能させるために最も重要なことは、プロダクトの完成だと考えていましたから、そのためには社長がその開発に専念することだと考え話しました。でもそれは反社長派に取り込まれたように思ったのでしょう。わけがわからない反発をくらいました。


そのとき、社長はキャッシュフローを稼ぎ出すために開発に専念できないという思いがあったんだと思います。つまり他の社員にまかせていては、会社のキャッシュがあぶない!!と。


でもそれでもやり方はあったんです。私はいまでも自分の出した方向性は正しかったと思っています。ちょっとやり方は配慮がたりなかったですが。う~ん反省。


でもその人のことを悪くいうつもりはまったくありません。だって自分が逆の立場で、個人債務保証で銀行から融資を引き出して、ギリギリの状況のなかにいたとしたら、そのときの自分と同じ判断ができたかどうか、、、頭ではきっとできるような気はするけど、そんなことは机上の空論と同じことです。やっぱりわかりませんというのが正解でしょう。


そして今から本当のその思いを確認するステージにたったというところでしょう。


その会社ですが、まだ会社は存続してるようですが当時の社長が一人でやっていらっしゃるようです。

残念ですねえ。


結局わずか3ヶ月で退社となりました。


つづく。

今までのあらすじ・・・


は書けないので、申し訳ないですが前のブログ見てください!!


そう、自分の存在意義を確認したがるような人間になっていたのです。ジャジャーン!!


ゆえに、ベンチャー&中小企業なかり(まあ大企業じゃ入れてもくれなかったかもしれないですけどねえ、、)に行っちゃ、社長と意見の相違が発生し、、、そんなとき、創業社長相手に対抗しても最後は「俺が決める。」といわれればそれまで。


大体、事業戦略の根幹の部分で意見が食い違ったりするもんだから、タチが悪いんですねえ。


流せば流せるような、些細なことではないため、それ以降の自分のモチベーションに大きく影響するわけですねえ。


言われたことだけやればいい仕事人間になっていれば、おとなしく勤務しつづけるだろうから、こんなに家族に心配かけなくてもすんだんだろうけど、ダメなんですよねえ。

だってそんなことしてたら、死ぬとき後悔しそうな気がしたし、それよりも何よりも、そんな生活送りながら、


自分の子供に対して、


「言いたいこと、言わなきゃいけないことは、はっきりと相手の目を見て言うんだぞ~!!自分が正しいと思うように行動しなさい!!」


なんて説教したって、まったく説得力ないもんなあ。多分、そう話している俺の目が泳いじゃうもん、きっと。


それにウチの娘達はけっこうするどいから、そんなとき絶対気がついて、痛いとこ突いてくるんだもんなあ。きっと。


つまり親の威厳もなにもなくなっちゃうわけですよ。それだけはいけない!!


というよりは、あの子たちの未来のためにも!!


ってわけで、いろんな会社でいろんなことがありました。でもそんなことが続くと、本当はやっぱり自分がおかしいかも・・・なんて真剣に考えちゃったりもする(した)もんです。


まあ、細部はまた別の機会に書くとして、そんな仕事の仕方してたから、結局4回も転職しちゃったわけです。


で、ネットショップにいたる理由は

また明日以降で。。。。。


追伸

昨日は茅ヶ崎はすごく暑かったです。浜辺でバーベキューをしましたが、海の水もぬるかったので、泳いでしまいました。

なんとこれが今年初の海水浴でした。(いや、子供たちとプールはなんかいも行ってますけど、、、)

今度は写真のせよっと!!


今日は、ショップ情報の充実のため店舗情報ページの修正をした、、、いやしようとした。結果ドリームウィーバーと3時間格闘した末、ベテランなら5分で終わるであろう簡単な作業を、明日に持ち越しとなった。



ショック!!



やはり自分でやるのは限界はあるか・・・いや、しかしまだ行ける。もうすこし修行しないと、アルバイトさんきてもらっても、指示しきれないと思うし。。。


まあ地道になりますよ~!!


そうそう、生活倉庫の堀之内さんが本で書いてました。


「プールの水を、ひしゃくで(スプーンだったかなあ?)汲みだせる人間になれ!」

って。

けっこう、この言葉にはズンとくるものがありました。

自分は楽し~な性格ゆえ、気がとおくなりそうなことを考えると、最初からあきらめてまいそうになってしまう・・・そんな俺の性格を知って書かれてるのか(・・そんなわけないけど!)ってくらいに思ったもんなあ。


ということで地道にやってま~す。

なぜ私がネットショップ店長になる決意をしたのか・・・その2


少々ビジネスマンとしての生い立ちを、、、


4年前までは、十数年間大手情報出版会社に勤務してました。その会社の社員は独立心旺盛な社員ばかりでむちゃくちゃ活気ある会社でした。でも私は特別「社長になりたい!!」とか、「独立したい!!」なんて思ってはいませんでした。ですが、その会社で植えつけられた?DNAはしっかりと私の体内で息づいていたようです。


「独立する」とか「しない」とかではなく、その会社で植えつけられた考え方は

「お前はなんのために存在しているのか?」
「お前はどうしたいのか?」・・・


つまり自分の存在意義をつねに問われるカルチャーでした。

そんなところで仕事しているとどんな人間になるのか・・・・・


常に自分の仕事に対して、価値を見出そうとし、そして自分の存在意義を肌で感じられる「仕事のやり方」に常にこだわるようになってしまったのです!!!・・・いやいい意味でなんですけどね。


そして4年前に私はその会社を卒業し、某IT系ベンチャー企業の役員として入社したのでした!!ジャジャーン!!こっからが私の転職人生のはじまりでした。その後数回にわたる転職のきっかけになるのは、いつもあの「自分の存在意義はなんなんや~!!うぉー!!!」(ちょっと劇場ちっくに、、)というカルチャーだったのです。


う~ん、力入って疲れたので、このへんでオフロにします!!


バスタイム、バスタイム!!


ではまた。

なんで起業したのか、なんでネットショップをはじめることにしたのか、少しづつ書いてみたいと思います。

なんて書くとたいそうな感じですが、たいしたことではありませんが・・・


第一話


約一年前、前職の中小企業で、企業向けIT系サービスのマーケティング&営業をほとんど一人でやっていました。新規ビジネスの立ち上げ期ですねえ。そんなとき、事業立ち上げ時に「いっしょにやんない?営業やってくんない?」と私を誘ってくれた、前・前・前・前・前職(何回転職しとんじゃ~!!!・・・てのはおいといて、、、)の先輩でもある担当取締役が解任(正式手続きとしては、任期満了時の再任拒否)されました。


理由はいろいろありますが、まあ詳細は控えます。


そのときからですかねえ、「次は自分でやろう!!」と考え出したのは。


それまでは、「独立」はやりたいことを実現する手段ではあるけど、自分にとっては目的ではなかったので、いつかやりたいことをやるのに、そのとき在籍している会社では無理なときには、独立もありうるってな考えでしたので、決して強く意識していたわけではありませんでした。。。。。ほんと、そんなだったんだよなあ。


                                                        ~つづく