昔の奪い合い争う生き方から、分かちあい共生共存って言う生き方に変化していると感じることが多いです。中では今でも闘争を喜びとして生きている人もいるのも事実ですが。(笑)

共生共存や分かちあいをモットーとして日常生活を送っている人、そうしたいと願っている人は素晴らしいと思います。

しかし、その中でどうしても不調和を起こしてしまう。誰かに攻撃されれば反射的に反応してしまうことも事実です。親子関係でも夫婦関係でも恋人関係でも職場の人達の間でも。

折角、分かちあい共生共存と思っていても不調和を起こすといい気分ではありません。

誰でも毒ダンゴが飛んで来たら避けずに食べてしまって、投げてきた相手に毒ダンゴを投げ返してしまいます。(笑)

何故なんだろう?どうしてなんだろう?と悩む人さえもいます。

スピリチュアルや精神世界に興味がある人は「全ては一つ」という言葉は聞いたことがあるのではないでしょうか?色々な書籍でも見聞きしたことがあると思います。



全てはひとつ


何がひとつなんでしょうか?

それを言及しているものはありません。観念、概念のイメージで言っているだけなのでしょうか?

私たちは肉体をまとっていますが、その肉体はなにで生かされているのでしょう。殆どの人は自分の肉体を指してこれが私と錯覚しています。肉体が生きていると思っています。

もし、肉体が生きているのであれば死体は喋ります。(笑)

肉体を動かし、生かしているのはエネルギーそのものです。生命と言い換えてもいいと思います。
そのエネルギー、生命はいくつあるでしょうか?個別化された生命、エネルギーって存在するのでしょうか?

そのエネルギー、生命は目に見えません。触れません。しかし、事実として存在しています。
もし、あなたからエネルギー、生命を抜いたとすると瞬時にあなたは存在できません。

そのエネルギー、生命こそがひとつなのです。

全てはひとつであれば他人はいません。全てが私だからです。

全てが私であればどこに不調和を起こすことが出来ますでしょうか?

葉が茂っている木に例えますと、ひとつの木の葉と隣の木の葉は別のものなんだと思っているのです。
形や色は違っているかも知れませんが、全体から見たら木というエネルギーに生かされているのです。
これを生命の木と言います。

いいや、違う私はこの人とは違うんだと思った瞬間に分離感を生みます。分離感を持ったら必ず不調和を起こします。

分離感を持って幸せにはなれません。安らぐこともできません。人生の荒波の如く浮き沈みの人生を送るしかないのです。

肉体を生かしているエネルギー、生命を自ら実感することで分離感ない、不調和も存在できない、はじめて分かちあい、共生共存、ユートピアを体験できると思います。