今日は少し硬めのお話。
最近、イギリスで本屋さんにいくと必ず見かける二冊の本があります。
それが、これ↓
書名はシンプルに「IKIGAI」
興味はあるもののまだ買えていない私ですが、今回は、なぜ今「生きがい」に関する本がイギリスで注目されているのかを考察していきたいと思います。
手始めに、そもそも生きがいとはなんぞや?ということで、コトバンクの世界大百科事典から引用。
生きがい
人生の意味や価値など,人の生を鼓舞し,その人の生を根拠づけるものを広く指す。〈生きていく上でのはりあい〉といった消極的な生きがいから,〈人生いかに生くべきか〉といった根源的な問いへの〈解〉としてのより積極的な生きがいに至るまで,広がりがある。生きがいは,漠然とした生の実感としてほとんど当人に無意識に生きられていく場合と,自覚的に人生の営みに取り込まれる場合とがある。また一方では,自由や平等といった社会原理,愛や正義といった宗教的確立のように,より普遍的なものに結晶化し,他方では,諸個人の日常生活に具体化されてより個別的な姿をとる。
https://kotobank.jp/word/生きがい-1145331
ちょっと難しいですが、要するに生きがいとは人生における目的を指すのだとここでは解釈します。
消極的生きがいと積極的生きがいの二種が存在する。つまりは、内発的か外発的かとも言い表わせるでしょう。
ともあれ、なぜ、今、イギリスでこれらの意味を持つ日本語「生きがい」が注目されているのでしょうか?
理由の1つとして、ポピュリズム旋風に吹かれて半ば感情的にブレクジットという道を選択したイギリスの現状に起因すると考えられます。
日々ニュースから流れることと言えば、ブレクジットがどれくらい進展したとか、メイ首相が弱腰だとか、EU離脱のためにかかる費用をどう負担するとか、全く明るいニュースが流れてきません。
今までは、大英帝国として栄えたイギリスの一国民というプライドを持って生きてきたイギリス国民は、今回の出来事をキッカケとしてより個人主義的になっていくのではないでしょうか。
広義のナショナリズムから、個人主義へ。ブレクジットは一見するとポピュリズム且つナショナリズムに見える一方で、国を思う気持ち、国を大切にするという本来のナショナリズムからは離れた敵を作り個人を愛す国へと変化しようとしています。
そんな今だからこそ、イギリス国民は国家の為、大英帝国のプライドのためではなく、個人の生きる目的=生きがいを求め始めているのではないでしょうか。
今までの世の中では、理想とされる生きがいが消極的であれ積極的であれ万人共通のものとしていくつか挙げられたように思われます。
家族のため、
国のため、
宗教のため、
しかし、ポピュリズムの台頭と広義のナショナリズムの衰退はこれらの普遍的であった価値観を壊し、より多様な人生の目的や生きがいが現れる時代になると思われます。
普遍的なものは無くなったのです。
何が理想か分からないのです。
別の側面から現状を見れば、結局のところ今も昔もイギリスは世界の最先端を走っていると言えます。
議会制政治の確立、民主主義の誕生、産業革命、そしてEU離脱。
良くも悪くも最先端を走るものにしか分からないことがあると私は思います。
国であれ団体であれ個人であれ、時として最先端を走るものは孤独です。だからこそ、目標、目的、そして生きがいを求めるのです。
今後のイギリスでの「IKIGAI」ブームに注目していきたいと思います。