

日本は、中国政府を、武力を行使し両国の海上国境を変更するリスクを冒そうとしていると非難した。
これは9日に、防衛省が安倍首相に提出した今年度の防衛白書の中で述べられているものだ。
そうした条件下では、憲法の見直しや自衛隊の完全な軍隊化をめぐって議論が先鋭化するのも当然だろう。
しかし日本は近く、憲法のみならず、どの国が同盟国なのか、あるいは潜在的敵国なのかという自らの考えを早急に見直す必要に迫られるかもしれない。
この間の土日、安倍首相は、NHKテレビの番組に出演し、主要政党の代表らと論争した。
その際、テーマの一つとなったのが、2012年に自由民主党が行った、自衛隊を日本国軍に名称変更したらどうかといった提案だった。
現在、自衛隊は二つの点で、完全な軍隊と区別されている。
第一に、自衛隊は、空母や長距離弾道ミサイル、戦略爆撃機といった攻撃兵器を所有していない。
とはいえ、その工業及び科学水準から言えば、日本は核も含め、そうした攻撃兵器を大変短期間に持てる事は言うまでもない。
そして区別される第二点は、いかなる目的の為でも、自衛の枠を超える軍事力の使用を直接禁止する憲法9条の存在である。
安倍首相が見直したいと思っているのは、他でもないこの第9条だ。
見直しとなれば、集団的自衛権を日本は持つようになる。
つまり、米国などの同盟国を支援するため、領土・領海から離れた遠い場所での戦闘行為に参加できる。
憲法にしかるべき修正を加える事については、すでに数年前、米国政府が執拗に求めている。
当時米国は、アフガニスタンやイラクでの軍事作戦において日本の援助の必要性を痛感していた。
しかし現在、状況は変化してしまった。
ロシアの著名な日本研究家であるアレクサンドル・パノフ氏は「米国はもうかつてのように熱く憲法改正に向けた安倍氏のイニシアチブを支持していない」とし、その理由として「領土問題により近隣諸国との関係が先鋭化している中で日本に完全な軍隊が出現すれば、アジア太平洋地域の状況は急激に悪化する恐れがあるからだ」と指摘した。
日本を自らの主要な軍事同盟国に変えるという米国の思惑がしぼむ可能性がある理由は、もう一つある。
これは大変重大なもので、つまり、米国と中国の間の戦略的関係に変化が起こり得るというものだ。
ここ最近、米中ライバル関係の深まりは、顕著なものと思われてきた。
対立の引き金となったのは、「Big Two」という米中連合を作ろうという米国の非公式提案を2008年に中国政府が拒否した事だった。
これに応えて、米国政府は「Return to Asia」戦略を取り、公然と日本や韓国、オーストラリア、ニュージーランドが加わった反中国連合作りを始めた。
米国は、この連合に、中国との領土問題を抱えるインドや東南アジア諸国までも引き込もうと試みた。
一方、中国はこの挑戦を受けて立ち、海軍力をまず初めとする軍事力の増強を開始した。
しかし現在、中国外務省に近い筋の専門家の間では、原則的に新しい形態の対米関係を 築く用意があるとの声が上がっている。
その関係は、かつての「Big Two」を容易に彷彿とさせるものだ。
そうした事は、6月にカリフォルニアで行われた米中サミット、オバマ・習会談のあと生じたもので、会談で米中首脳が、対立よりも同盟をよしとする結論に達した可能性も十分あり得る。
一方で一部の国にとって、対立も連合も喜ばしいものとは言い難い。
ここで2009年に、当時の鳩山首相が言った発言に注意を促したい。

彼はおおよそ次のように述べた―
「米中対立は自動的に米国と安全保障条約で結ばれる日本も中国の敵にしてしまうが、『Big Two』は、この地域の米国の主要な同盟国であるという名誉ある心地よい地位を日本から奪い、日本を世界政治の三流プレーヤーの地位に落としてしまう」。
もし現在、米中連合が現実のものになり始めたなら、鳩山氏のもう一つの考えがまさにアクチュアルなものとなるだろう。
つまり日本が、米国に言いなりの同盟国でも中国抑止の単なる一つのメカニズムでもなく、「兄貴分」の顔色を窺わずに自分で友人や同盟国を選択する能力のある国にならなくてはいけないという考え方だ。
鳩山氏の対外政策における日本政府の米国への依存度を少なくすべきだという訴えは支持を集め、彼は首相の座に着いた。
しかし米国側は、沖縄からの軍事基地撤去に関する交渉で非妥協的な立場を取り、結局、日本の政治史上初の民主党政権の首相である鳩山氏は、主要な選挙公約を遂行できなかった責任を自ら取って辞任を余儀なくされた。
しかし、日本には、自国の外交政策をもっと自主的なものとする以外、他の選択肢はない。
さもなければ日本は、米中関係の人質となってしまう。
それは大変名誉ある事でも心地よいものでもない。
なぜなら「Big Two」プロジェクトが成功するかどうか、米中という二つの超大国の争いが終わるのかどうか、誰も保証できないからである。
2013-07-10
[Russia today]