南朝鮮人:日本の政治も外交もサッカーに学べ | already read‐news。ο

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[Newsweekコラム]
サッカー日本代表5大会連続のW杯本大会出場、おめでとう!

近年の日本は「失われた20年」などと言われ、アベノミクスの登場までは暗い雰囲気の時代が続いていた。
一方、日本のサッカーはほかの分野と違って、この20年で飛躍的な成功を収めている。
98年までW杯に一度も出られなかった日本だが、今では常連国だ。
女子サッカーに至っては世界一にまでなった。

この成功要因をきちんと分析し、ほかの分野、とりわけレベルが低いと揶揄される政治や外交の世界にも生かすべきだ。

日本サッカー成功の第1の要因は、W杯に出るという明確な目標を設定したことだ。
そのため91年にプロサッカーリーグ(Jリーグ)を発足。
開幕からは今年で20周年を迎えた。
その草創期にはジーコやリネカー、ストイコビッチ、エムボマといった世界的スター選手や、ベンゲル監督のような名将が基礎を固めた。

Jリーグは若手の育成にも成功した。
韓国の至宝、がマンチェスター・ユナイテッドで活躍できたのも、地味で無名の彼を京都パープルサンガがスカウトし、韓国の指導者が発見できなかった攻撃の才能を見いだしたことから始まる。
マンUで香川真司が朴の後を継ぐなど、Jリーグ出身の選手が世界に羽ばたくいい流れもできている。

第2は、国際化に成功したこと。
オフト、トルシエ、オシム、ザッケローニなど有能な海外の指導者を迎え、日本サッカーをその「文化」から根本的に改革した。
結果、中田英寿や本田圭佑など、従来の文化では開花しなかったかもしれない世界標準の選手が育つ土壌が生まれた。
トルシエの通訳にフランス人のフローラン・ダバディを起用するあたり、他業界では考えられないオシャレさもあった。

第3に、サッカー協会の行政も韓国人からすれば羨ましいほど素晴らしかった。
日本に適した代表監督の選任と協力だけでなく、強豪チームとの強化試合やヨーロッパ合宿の的確なアレンジ、コパ・アメリカ大会への参加など地理的辺境性を克服するための努力も行った。
また、「世界のサッカー」を伝えてきたメディアの役割やセルジオ越後、風間八宏、金子達仁など成熟したサッカージャーナリストの存在も見逃せない。

こうした成功モデルから学ぶべきことは多い。
帰化選手の重用や、国籍・民族に拘束されない開放性などは、日本社会では珍しい先進性を物語っている。

■もっと「なでしこ」力の活用を

近年冷え込んでいる日韓関係の参考にもなる。
日本のサッカー界には韓国へのライバル意識はあっても、「嫌韓」や人種差別のような非理性的なことはない。
柏レイソルは韓国代表のをキャプテンに指名したし、多くの韓国人がJリーグの監督に就任している。
女子日本代表の中心選手がそろうINAC神戸の10番を背負うのは韓国のだ。

さらに日本サッカーは女性にも開かれた「男女参画型」だ。
今や女の子が将来の夢をサッカー選手と言える時代。
世界という壁を打ち破った女子サッカーのように、政治ももう少し「なでしこ」の力に任せてみてはどうだろうか。

何より、サッカーは世界で堂々とプレーできる「超日本人」を多く輩出している。
その姿はとても頼もしく、若者のよきモデルとなっている。
おかげで日本の若者と世界の距離も近くなった。

日中韓で新政権が誕生し、多くの国との首脳外交が展開されるなか、日韓・日中の首脳会談だけは開催されていない。
長らく続いてきた日韓議員サッカーも、政治関係の影響で休止中だ。
だが7月には東アジア杯が韓国で開催される。
この流れで日韓議員サッカーも復活させてはどうか。
安倍首相もぜひその雄姿を見せてほしい。
背番号は96ではなく、エースストライカーの9番だったりして。



「反韓」ヘイトスピーチを韓国人が慈しむ訳

僕の「第三の故郷」新宿・新大久保が3月末、東京いや日本で一番ホットな場所になった。
韓流の聖地となったこの地で、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」による韓国や北朝鮮、在日コリアンに対する排斥デモが行われた。
さらにそれに対して差別反対を訴える反・反韓国デモも行われたのだ。
狭い大久保通りを南北に挟んで対峙する彼らの様子は、まるで日本の38度線のようだった。

「嫌韓」は以前から存在した。
だが、今回のデモはこれまでネットの中にとどまっていた人々が実際に姿を現し、韓国・朝鮮人に対して「たたき出せ」「殺せ」「ゴキブリ死ね」といったヘイトスピーチを繰り返した点が大きな特徴だ。
その差別主義で原理主義的な行動は、平和で優しい日本のイメージとはおよそ懸け離れている。

排斥デモに対抗して立ち上がった勇気ある市民は「レイシストをしばき隊」という、ちょっとこわもてな団体から「プラカ隊」「知らせ隊」といったソフトなノリの団体、さらに国会議員や弁護士、言論人まで初めて大きな広がりを見せた。

とはいえ韓国で生まれ、日本で小学校に通い、その後は日本と韓国(とたまにロンドン)の間を行ったり来たりして生きてきた僕にとって、今回の騒ぎは実に「胸が痛い」事件だった。
ただ嫌韓派を簡単に否定するのは、いくら韓国人とはいえ政治学者のすることじゃない。

彼らの立場を考えてみた。
まず理性ある嫌韓派に対して、僕が感謝していることを打ち明けたい。
というのも、彼らの多くは「真実」には迫らなくとも、「事実」を根拠として韓国側の問題点やゆがみを指摘してくれるからだ。

サッカー選手の軽率な行動、大統領の軽薄な言動、仏像盗難、日本製品不買運動の呼び掛け(まったく実行されていないが)......。
嫌韓派の厳しいまなざしは、自国中心主義で有頂天になりがちな韓国に対する警告になる。
「キモヨナ」や「ウリジナル」など、その造語センスはダジャレ派として敗北感を覚えるほどだ。

■韓国にもある「ひんしゅく団体」

僕が驚いたのは、彼らが韓国を脅威と捉え、被害者意識と不信感を強く抱いていることだ。韓国人にとって、こういった感情は日本に対する自分たちの専売特許だった。
日本の韓国に対する偏った認識は歴史と現状に対する理解不足ゆえだが、日本でこんな対韓認識が広がっているという事実を韓国側も直視すべきだ。

実は韓国にも日本の在特会と同じようにひんしゅくを買っている団体がある。

その名は「オボイ(父母)連合」。

とにかく日本や北朝鮮を批判する韓国の右翼だが、その特徴は年齢層にある。
社会でも家庭でもその存在感を失い、行き場を失った老人が生きがいを求めて参加しているのだ。
この団体はかなり過激で、若者と平気で乱闘に及ぶ。

被害者意識を持ち、反日あるいは嫌韓を生きがいにする人の心を変えるのは困難なことだ。
だったら僕は思う存分嫌ってくれていい、と言いたい。
僕のことも「危険な朝鮮人」と罵倒してくれていい。
以前はネットでの誹謗中傷や嫌韓派の存在が気味悪かったが、最近は慈しみの念さえ覚えるようになった。
嫌うからには、それだけの理由があるのだろう。

「ネトウヨ」も実際会ってみたら、案外80年代アイドルやニューミュージックネタで盛り上がるかもしれない。
大人になったのか非力になったのか分からないが、最近は自分を嫌う相手を同じように嫌うのはバカらしいと思うようになった。

反韓デモは今も続く。
僕の青春だった尾崎豊がライブで言ったものだ。
自分を嫌いな奴がいるから自分は頑張れる。
だから、いま一番心から憎いと思っている奴のために歌おうと。
ならば僕は喜納昌吉の「花」の替え歌をささげよう。

「♪嫌いなさい~罵りなさい~いつの日かいつの日か気が晴れますように♪」

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クォン・ヨンソク
1970年、ソウル生まれ。
一橋大学大学院法学研究科准教授(東アジア国際関係史)。
著書に『「韓流」と「日流」』(NHK出版)、訳書に『イ・サンの夢見た世界』(キネマ旬報社)がある。
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