

ロシア通信ITマスメディア監督庁(ロスコムナドゾル)は日本で人気のある「HENTAI」ジャンルのアニメ映画のいくつかについて、児童ポルノであるとの判断を下した。
安全インターネット連盟も同様に、そのようなアニメ映画が「児童性犯罪の件数増加につながる」と判断している。
もしそうであるならば、数十年にわたって「HENTAI」ジャンルが日本で人気があるのはなぜだろうか。
日本人が自分たちの社会や児童の安全を気にかけていないと考えるのは間違っている。
一方でポルノアニメやマンガは日本ではコンビニエンスストアでも簡単に手に入るもので、専門店ではなおさらだ。
唯一の制限は年齢だ。
購入する者は18歳に達していなくてはならない。
そのような「文学」は日本では地下鉄や電車のなか、停留所などでも読む光景を目にするほどだ。
かわいい女の子と一言二言だけ話しただけで顔を赤らめてしまうような日本人や、外国人と英語で挨拶するだけでも「恥ずかしい、恥ずかしい」と言っていたような日本人が、ものの5分後にはそのようなマンガを公衆の面前で堂々と読んでいるのである!
日本では西欧文明とは違って、「肉体関係」とか「個人的」とかいった概念が全く違う範疇で捉えられていることがある。
地下鉄の車内で隣に座っている人の肩に触れるだけでも、居心地の悪い感じがするものだ。
しかし陰部を隠すのにぎりぎりのスカートをはくことは普通に見られる光景だ。
このような日本人の「肉体関係」や「個人的」といった概念の捉え方について、モスクワ国立大学アジアアフリカ諸国大学日本文学講座のヴィクトル・マズリク准教授(翻訳家、日本中世史)は、次のようにコメントしている。
日本では肉体的なものと精神的なものが明確に対立しているとは考えられていません。
西欧文化においてはその二つは高・低と同じように完全に対立しています。
なぜならキリスト教では、人類がエデンの園で神との一体性を失ったことへの一種の罰として捉えられているからです。
肉体は文化的タブーとされてきました。
常に隠されてきたのです。
その違いが出ている典型的な例がこの「HENTAI」ジャンルです。
この言葉は「変化した態」というぐらいの意味です。
日本人にとって、これは形のアラベスクであり、好奇心、興味、笑い、驚きをもたらすものであって、心理的ショックや官能的興奮をもたらすものではありません。
しかし特に若者を始めとする海外の環境では、心理的に非常に危険になる恐れもあります。
それがいまにいたるまで解決されていない大きな問題なのです。
西欧と日本でセックスなどのデリケートな問題に関する理解が違っているのは、多くは宗教的伝統の違いに端を発している。
キリスト教と違い、日本の神道ははっきりとした善悪の観念を押し付けない。
それゆえ、日本では他の宗教が伝来するまで、男女関係においては、西欧で見られるような罪の意識は存在しなかった、とマズリク准教授は続けている。
古代の日本人にとっては、罪や善行の問題よりも、掟を守るか守らないかの問題が重要なのです。
魔術的タブーや宗教的タブーを破るということは、肉体と精神が分かれていない世界全体のゆがみになるわけです。
これは様々な悪い結果につながります。
ですから、人々はタブーの侵犯を避けようとするか、もし犯された場合でも、魔術的方法で回復できるよう試みるわけです。
これは自らの問題にどう対処するか、ということに関してまったく違ったアプローチです。
日本文化における罪の意識は、中世になってやっと起こってきましたが、西欧やロシアのようにはっきりと白黒をつけるところまでは行かなかったのです。
日本ではいまでも生命と繁栄の象徴としての女性器や男性器を祭る行事が騒々しく祝われている。
「HENTAI」ジャンルにおいて、日本人は何も恥ずべきものを見ていないのです。
2013/6/21
[The Voice of Russia]