
飯島勲・内閣官房参与が平壌を電撃的に訪問した。
日朝関係正常化の道の上の深刻な「躓きの石」である、北朝鮮による邦人拉致問題に関する交渉再開のための土壌作りに赴いた可能性も排除されない。
側近が平壌を訪問したことについて安倍晋三首相は、もしも拉致問題解決に資すると見れば、自ら金正恩第一書記と会談することも辞さない、と述べた。
2001年、小泉純一郎首相が平壌を訪れ、金正日総書記と会談を行った。
拉致問題に一大転換をもたらしたのは、他でもない、この首脳会談であった。
それまで平壌は拉致問題の存在を否定。
日本側による捏造、プロパガンダであるとしてきた。
しかし、2000年以降、北朝鮮指導部は、国際的な孤立から脱却し、西側諸国との関係を正常化し、慎重かつ限定的ながらも市場改革にも着手した。
小泉氏との首脳会談の中で金総書記は、史上初めて、13人の邦人の拉致という事実を認め、うち存命の3人を返還した。
それもやはり、日本から資金援助を得たい考えによる決断だった。
いま、韓国の専門家を含む一部の専門家は、金総書記のこの決断を、「致命的な過ちだった」と振り返っている。
問題は、邦人拉致被害者の数が一致しないことである。
日本政府によれば、1970年・80年代、17人の邦人が被害に遭っている。
しかし、平壌が日本に返却したのは5名のみ。
「残りは死亡した」と宣告した。
拉致被害家族の期待感は絶望に取って代わられた。
そして日本のマスメディアが、この絶望をさらに、社会的な怒りと否定的感情に作り変えた。
世論を汲んだ日本政府は、北朝鮮への人道支援プログラムを撤回。
いま、日本市民は確信をもって語る。
もう誰も返せないと、拉致被害者は皆死亡したのだと、北朝鮮指導部は言い募るが、これは日本に送り込む北朝鮮スパイの養成に加担させられた人々を日本に明け渡さないための嘘偽りである、と。
それが事実であるか、それともやはり、拉致被害者たちは既に死亡しているのか、よくは分からない。
どちらにせよ、日本は、拉致被害者が今後一人として祖国に還らない、ということを覚悟せねばならない。
なんという悲劇であろうか。
しかし、おそらく、この問題が再び日朝関係正常化の道の上の、克服困難な「躓きの石」になることは、あり得ない。
究極的には、日本もまた、朝鮮人民に対する自らの「負債」を完済してはいないのだ。
この点について北朝鮮の新聞「ノドン・シンムン」は極めてあけすけな論説を展開している。
「日本の悪の歴史を過去のものとしてはならない」と題された評論で、同紙は、日本の朝鮮植民地支配に言及、朝鮮人の強制移住、強制労働、日本帝国軍のもとでの売春強要などに言及した。
植民地政策の犠牲になった人数、独立を求め戦った朝鮮人に対する植民地政府の弾圧の犠牲になった人数は、数人や数十人でなく、数千人という数に上る。
「ノドン・シンムン」は、このことについて日本が朝鮮市民に追う債務はまだ返済されていない、と指摘した。
当該論文には拉致問題についての言及はみられないが、もし日本側が拉致被害者の返還を要求した場合、この「負債」の全面的償却を引き合いに出すことは明らかだ。
そのとき、関係正常化交渉は再び行き詰る。
日朝が無事、「歴史の罠」にはまり込まずに済むか否か。
鍵を握るのは安倍晋三首相である。
彼の「賢明さ」と「政治的意思」にひとえにかかっているのだ。
近隣諸国との関係正常化に向けた彼の決意は、日朝がついに当該問題を過去のものとし、歴史家の手に譲り渡し、そして未来に向けた関係構築のチャンスをつかめるということに期待を抱かせる。
2013/05/16
[ПРЕТАСС]