
「日本の不謝罪外交:なぜ東京の小さな神社がアジアに巨大なトラブルを引き起こすのか」
第二次大戦後も日本には数々の問題が取り残されたのと同様、靖国神社に対する日本人の民族的アイデンティティーもいまだ失われていない。
また日本は、ドイツのように自らの歴史を反省することができていない。
こうして靖国神社は今もトラブルをまき散らしている。
昨年、尖閣諸島をめぐり、日本と中国のナショナリズムは大きく高揚した。
韓国にもこうした傾向は見られたが、日中ほどではない。
日本の政治家による靖国参拝は緊張緩和の努力に大きなダメージを与えるものとなった。
さらに安倍首相は従軍慰安婦問題について軍が関与した十分な証拠はないと発言、また村山談話など戦争行為に対する日本の謝罪声明の修正を暗示している。
日本の右翼系シンクタンクは“謝罪外交”をやめるよう呼びかけていたが、最近の傾向は“不謝罪外交”とでもいうべき事態かも知れない。
日本の政治家はなぜ靖国参拝をやめないのか?ナショナリズムをあおるためか、それとも選挙で勝つためかはまだ定かではない。
しかし参拝が日本とアジアに悪しき影響を与えていることは明らかだ。
尖閣や竹島のように、日本の外交と貿易に被害を与える要因となっている。
確執の要因は第二次大戦にまで遡れるものとはいえ、中韓の責任は否定できない。
だが同時に日本にも特別な責任が存在する。
歴史家ウィリアム・ラッセル・ミードはブログで
「第二次大戦後に独仏は和解に成功したが、日中はいまだに和解を実現できていない。これこそがアジアの混乱と危険の要因だ」と指摘している。
混乱と危険という表現はいささか誇張が過ぎるとはいえ、東アジア諸国の戦争の記憶がばらばらであることは間違いない。
日本の政治家が靖国を参拝する時、意識的かどうかはともかく、隣国を征服した暴虐の帝国秩序を悼んでいることにほかならない。
しかしそうした時代は終わったのだ。
日本の経済は縮小し、人口も減少している。
一方、中韓の実力と地位は強化されている。
戦後の欧州同様、現代の世界は協力こそが各国の利益にかなう。
もし日本の政治指導者が今後も過去の世界から抜け出せないならば、日本が未来に向かうことは困難と言えよう。
2013.04.28,
[米紙ワシントン・ポスト]