同世代の俳優の三浦春馬が亡くなったことを知って色々考えさせられた。


生きたくても生きられない人もいるのにとか、悩みがあったって死ぬことないだろとか、前触れもないのになんでとか、他人は色々言うけれど、急に自殺するひとはギリギリまで自分をごまかして生きてたんだと思うんだよ。
未来のことも普通に語ってたみたいだし、もしかしたらこれからも彼の中に地獄を抱えながらも、ずっと生きていけたのかもしれない。
ただ、ふとどうしようも悲しくなったタイミングに、自殺を行動にうつす気力があって偶然重なっちゃって、こういう結果になっちゃったんだろう。

死にたい人の気持ちはその人にしか分からない。
生きてる限り逃げられない苦悩だったのかもしれないし、どこか遠くにいけば逃げられたかもしれないけどそのためのエネルギーも残ってなかったのかもしれない。もしくは誰かに相談して解決するような悩みならばきっと自殺は選ばない。あくまでそれはその人にとって。




本当のところは分からない。私は知り合いでもない。
それでもこの訃報をきいて、自分自身が辛くなった時に同じ方法選んでしまう可能性はゼロじゃないよなと思った。


ここで詳しくいうつもりはないが、今の私は世間一般的にみたら表面上、恵まれているように見えると思うんだけど、生い立ちが特殊だったり人に言えない秘密がたくさんあったりする。当たり前のように嘘ついて生きてる中で、もっと普通に生まれたかったと常々思ってる。大した負い目も秘密もなさそうに過去やプライベートについて語る周囲の人間を見て、わたしも普通に、全部さらけだして毎日ストレスなく生きてける人間だったらよかったなと、羨ましく感じる。


だけど逆境をポジティブに捉えて強く生きてこれなかったのは結局自分が悪いんだろうなとも思う。そしたらきっと私も武勇伝や成功体験として明るく自分自身について話すことができたはずなのに、怠慢ばかりでもっとできた努力をしてこなかった。


なにもかも中途半端でやんなっちゃう。先も見えない。邪魔者がみんないなくなればいいのにな。そしたら心身共に健康になって全部うまくいくかな。ってこういうこと思ってるとバチがあたってもっと辛い状況になりそう。いつもこんなことばっかり考えてるんだ。心の中に晴れの日はずっと来ない。


もうずっと眠ってたいよ。
眠ったらそのまま起きなかったって死に方がいいなぁ。



おやすみ春馬くん。君はよく頑張ったって、みんな思ってるよ。
たくさんの感動をありがとう。