りさ、あんず。 | カカカカメコノカタオモイ-C

3月31日日曜日

『フルーティー×JewelKiss合同ライブ』

『ライブプロミュージックLIVE2013』

ペニーレーン24


まずお昼からジュエルとの2マン。
今回は動画は撮らず、写真に専念。
理由は聞かないでください。岩野さんの気まぐれにやられたってだけです。


そんなわけでカメコ活動。
と言ってもライブ中の撮影は私の腕とコンデジではまともに撮れないと諦めていたんですが、動く被写体を撮るのに最適な「スポーツモード」というダイヤルがあるのをこないだ見つけたのでそれを使いつつ、常時設定している連写モードを解除して撮ってみると、思いのほかちゃんと撮影できました。


ライブ後は即退出しダイエーでごはん食べて風邪薬を過剰摂取して、ギリギリまで休んでいようと思ったけど混んできたので移動。
ちょうど先物販やっている時間だったので、買い逃していたDVDを買おうと向かっていると財布を拾ってしまい、交番往復で時間になってしまいました。


そんなこんなでライブプロミュージックライブ。
まずはゲストの7!!からスタート。
『とうとう最後が始まってしまった感』でまず号泣というキチ芸をかましつつ、後はなるべく歌詞を耳に入れないようにして楽しみました。
言っても、7!!は2年前の初来札で観てからからずっとライブスケジュールを確認するほど好きなので、もっと純粋に楽しみたかったし、7!!からチケット買って最前行くことも考えていたんですが、さすがに今回はねって話でした。


7!!の次はEver ZOne。

相変わらずのイケメンでした。
以上。

いや、普段はもっと楽しめるんですけどね。


そしてフルーティー。


りさとあんずの卒業ライブ。

撮影NGということで範囲内の一番後ろでまったり観ていました。
思っていたより泣かなかったかな。
歌あって卒業式的なことしてベストフレンド。

アンコール明けではなんかすごいTシャツでのサプライズ。
とても良いライブでした。

企画されたみなさんありがとうございました。


ライブ後はいつものように即撤収。

うん、卒業ライブを観ることが出来た、フルーティーとして最後のりさとあんずの姿を観ることが出来ただけで充分です。

りさ、あんず、2年間お疲れさまでした。



東サンと初めて会ったのは、2011年5月のフルーティーお披露目ライブでした。
お披露目ライブではまだ個別認識の出来てないメンバーの1人でした。
その後何回かライブを観て最初に思った東サンの印象。
「かわいい」
フルーティーの話になって、一番かわいいの誰って話になった時、今も昔も挙げるのは東サンの名前でした。
最初の頃はかわいさが際立っていたし、最近黒髪ぱっつんにしてからはもう無敵でした。


東サンとの想い出は、正直、無いです。
んー、あまり交流会で印象に残る会話をした記憶が無いです。
最後に接触があったのは、2011年年10月の帯広ライブでの交流会。
寒そうにしていたので「上着取っておいでよ」→「大丈夫だよ」→「私の時しかそういうチャンスないよ」みたいなやりとりをしたのが最後でした。

ぐだぐだやっていたせいで次の人の交流まで戻って来れなく、後ろの人にすごい睨まれたのが今でも記憶に残っています。


卒業と聞いたときはショックでした。
理由が喘息というのを聞いたときはもう何も言えない状態でした。
あの自由奔放で天真爛漫な東サンがそういう病気と戦いながらステージに立っていたというの、まったく知りませんでした。


フルーティーを卒業して一般ぴーぽーになる東サン。
でもフォトタイムには籍があるらしいので、撮影会とかやっちゃうんですかね?

ゆっくり休んで、休み飽きたら会える日がくるのかなって、少しだけ期待しています。



とある果実の恋愛光線





宮崎サンに初めて会ったのは、2011年5月のフルーティーお披露目ライブでした。
ファーストインパクトは、「アイドルグループなのにアイドルっぽくない、背の高いモデル顔の美人がいる!」でした。


宮崎サンとの思い出は、観覧車ですかね。
レジャスポの個室交流はもちろんのこと、、イスに座っての個別交流すらも体験したことのない私にとって、唯一メンバーとふたりっきりになったのが、札幌観光バスツアーの時のノルベサ観覧車でした。
宮崎サン、すごい怯えていてね、とにかく間が空いたら危険と感じたのか、10分間ずっと喋っていました。
昔のバイト先の話とか芸人やっていた頃の話とか、私の知らない話をいっぱいしてくれたのを覚えています。


最後の接触は東サンと同じく帯広ライブの交流会、と思いきや実は違って、2012年2月の苫小牧スケートまつり。
ヘビロテで客席降りがあって、たまたま最前で観ていたので、その時ハイタッチをしたのが最後でした。
ちょうどその前日に、人気投票で宮崎サンが初めて5位以内の1軍に入ったという結果がでたばかりで、なんでせっかくのチャンスなのに、「おめでとう」の一言が言えなかったんだろうと後悔した記憶が残っています。


卒業発表のときは、【喜怒哀楽】のどれかで言うなら、【怒】。
「宮崎あんずというジャンルを創っていくって言ってたじゃんか!」

最後の奇跡を呆然と眺めながら、悲しむというより、怒っていたと思います。

でもそれをずっと引きずったわけではなく、宮崎サンらしいなって気持ちにはすぐなれました。


去年秋の中島公園撮影会の時、宮崎サンとカメラマンの人との会話を横から聞いていたとき、フルーティー以前に美少女図鑑に出ていたというのを知り、ヤフオクでバックナンバーを手に入れ、そこからのヒントで昔のブログを発見しました。

そこ書いてあったのは、2011年3月、美少女図鑑を辞めてフルーティーに入る経緯と決意。

それを事前に知っていたので、今回の卒業も無謀で突飛だけど、宮崎サンらしいな、これが宮崎あんずスタイルなんだなって思えました。


4月からはフリーでタレントとしてやっていくということで、今までのように頻繁に直接会いにいけるということにはならないと思いますが、応援はしていきたと思っています。

1年と10ヶ月間、ありがとう。
厄介なファンでごめんね。


とある果実の恋愛光線