私としては。
身近にある、ちょっとしたものに
おどろいたり、笑ったりできる、そんなところに惚れたんだ。
でも、なんだか2人でいて
「世界を広げていこう」
という気になれなかったのが、敗因のひとつかな。
出かけることや、新しいことをするのが、とてもおっくうに見えた。
「あれやりたい!これも!!」
っていう若々しさや、新しいことへの興味が
私自身無くなっていた。
手持ちのフダのみで、未来を考えるようになってしまっていた。
「世界は広い」って、知ってたはずなのに。
「願いは、必ず叶う」って知ってたはずなのに。
「願いを実現させるために動くこと」は、彼にとってはプレッシャーだった?
私が、アメとムチの使い方を間違えたことは確かだ。
ペルソナ…仮面をつけた姿しか、見せてくれていないような気がしていた。
信頼されていないような気がした。さみしかった。
「カッコ悪くて言えないよ」って言っていたこと、もっと、早く話してほしかったんだよ。
将来のビジョンを一緒に描いて、それに向かってふたりで歩きたかった。
同じ方向をむいて進みたかったから、彼の、本当の願望にアクセスしようとしたつもりだったんだ。
かなり、やり方は荒っぽかったけどね(笑)
1対1なら無問題 だったのに
2対 世の中 になろうとしたら、コケちゃったね。
彼は、親の目とか、世間の目とか、友人との対抗心とかから、「結婚」というステイタスを欲しがっいたように見えた。
私と一緒に居たいからじゃないんじゃないか、って
どんどん不信に思うようになっていた。
だからかな。
おこったり、わめいたり、泣いたり、困らせたり、沢山した。
試すようなことを、沢山した。
そして。
「キョリをおこう」って言われたことは、本当にびっくりする位
私の気持ちを軽くしてくれたよ。
それまで抑えられなかったイライラ、さみしさ、うらみがましい気持ちが消えて、
心が軽くなっていくのがわかった。
信じられない位に楽になった。
すごく泣いて、
「食事ものどを通らない」ってこういうことなんだって初めてわかったけど
人の優しさに涙したり
私を支えてくれる人たちにスナオに感謝できたり
それまで「ひとりでがんばらなきゃ」だとか
「カンペキをめざさなきゃ」とか
きっと堅苦しく考えていたこととかが全部抜けていって
魂が、
喜んでいる気がした。
「こうなっていいんだよー。」って、本気で思えた。
さみしさは 相変わらずあったし、涙は止まらなかったのに
不思議だね。
いまでも、会いたい気持ちはある。
でも…
何か違うんだよ、そういうことじゃない。
今はただ、からっぽの時間を作ることが、大事なんじゃないかな。
心の中にも、空間にも。
私はただ、離れたところから、あのひとの幸せを祈るのみ。
「自分の人生に、自分自身を真ん中に持ってくること」ができていなかったように思う。
自分とのコミュニケーション、メンタル再受講、旅すること、お金をつかうこと、堂々と振る舞うこと、過去にとらわれないこと、未来への不安…
さんざんおしつけて、わめいた。ごめんね。
…でも、まぁ。お互い様だよって思ってるんだけどね。
2人とも未熟だったね。
カッコ悪い私も、見てくれてありがとう。
私は、さいごの1、2ヶ月がいちばん「本気」な気がして好きだったなぁ。
濃い時間を過ごしたなぁって思うよ。ありがとう。
私は、一生懸命、向き合ったと思ってる。
嘘はなかったし
ただ、やりすぎた感はイナメナイけど…
家族以外で、ここまで一生懸命になったことは初めてだもん。誇りに思うよ。
「キョリをおこう」って言ったときの声は、すごく、すがすがしかったことを覚えてる。
きっと、私が苦しめていたんだね。
振り返ってみると
「あ~楽しかった!!」
人と向き合うことって、楽しいね。
魂が、みがかれるね。
ギリギリのところまで、つきあってくれてありがとう。
あなたなら、全部 受け止めてくれるって思えていたから、つい、甘えすぎちゃった。
ありがとう。
ありがとう。
もう、自分のものさしで ひとをはかろうとすることはやめよう。
私の幸せ=ヒトにとっても幸せ ではないんだから。
幼い頃の思い込み…私もきっと、いっぱいあるだろうなぁ。
ムリヤリ、こじ開けようとしちゃだめだね。
ただ、あのひとについては どうも
自分の影から「逃げてる」「とらわれすぎてる」って思ってしまったんだよなぁ…
「怒り」とか「まずしさ」とか「幼い記憶」とか。
気楽につきあうだけだったら、見てみぬふりができたんだけどね。
まぁ、私のモンダイでもあるんだけどね。
「楽しさ」とか「ポジティブ」しか見ようとしなくて
暗い部分を見ることにすごく恐怖感があるように見えたんだ。
忘れたいけど、忘れられなくて、ムリヤリ、おしこめて、
重い荷物を背負いながら、必死で生きているかのように、見えたんだ。
私は、その暗い部分に、光をあてたかった。
「見てみて」って。
「そんなに悪いもんじゃないよ、私から見たら」って。
「宝物、ここにあったよ」って。
一緒に探し出して、笑いたかったんだ。
あのひとは、心が引っかかることを「恐怖」と思って、さけて通るような気がしていたから。
本当に欲しているものは、そこにしかないのに。
でも、
そんな「キビシイ正しさ」じゃあなくて
「逃げても受け入れてくれる優しさ」に、飢えていたのかもしれないね。
私には、できなかったけれど。
あせっちゃったよ。
私も未来が不安だったんだ。
でもなぜか、「悪いことした」って後悔は無いよ。
図太くなったかな、私。
あ。免許もらったこと、一番に報告したかったけど できなかったことは後悔だわ。彼が取らせてくれたようなものだから。
私は、たったひとりでいいから、底抜けに愛されたかった。
どんな私も、見てて、受け入れてほしかった。
お互いにとって、そうなりたかった。
甘えとか、理想論だとか、「カチカンの違いだね」って言われたら、それまでだけどね。
Tanks a lot.
身近にある、ちょっとしたものに
おどろいたり、笑ったりできる、そんなところに惚れたんだ。
でも、なんだか2人でいて
「世界を広げていこう」
という気になれなかったのが、敗因のひとつかな。
出かけることや、新しいことをするのが、とてもおっくうに見えた。
「あれやりたい!これも!!」
っていう若々しさや、新しいことへの興味が
私自身無くなっていた。
手持ちのフダのみで、未来を考えるようになってしまっていた。
「世界は広い」って、知ってたはずなのに。
「願いは、必ず叶う」って知ってたはずなのに。
「願いを実現させるために動くこと」は、彼にとってはプレッシャーだった?
私が、アメとムチの使い方を間違えたことは確かだ。
ペルソナ…仮面をつけた姿しか、見せてくれていないような気がしていた。
信頼されていないような気がした。さみしかった。
「カッコ悪くて言えないよ」って言っていたこと、もっと、早く話してほしかったんだよ。
将来のビジョンを一緒に描いて、それに向かってふたりで歩きたかった。
同じ方向をむいて進みたかったから、彼の、本当の願望にアクセスしようとしたつもりだったんだ。
かなり、やり方は荒っぽかったけどね(笑)
1対1なら無問題 だったのに
2対 世の中 になろうとしたら、コケちゃったね。
彼は、親の目とか、世間の目とか、友人との対抗心とかから、「結婚」というステイタスを欲しがっいたように見えた。
私と一緒に居たいからじゃないんじゃないか、って
どんどん不信に思うようになっていた。
だからかな。
おこったり、わめいたり、泣いたり、困らせたり、沢山した。
試すようなことを、沢山した。
そして。
「キョリをおこう」って言われたことは、本当にびっくりする位
私の気持ちを軽くしてくれたよ。
それまで抑えられなかったイライラ、さみしさ、うらみがましい気持ちが消えて、
心が軽くなっていくのがわかった。
信じられない位に楽になった。
すごく泣いて、
「食事ものどを通らない」ってこういうことなんだって初めてわかったけど
人の優しさに涙したり
私を支えてくれる人たちにスナオに感謝できたり
それまで「ひとりでがんばらなきゃ」だとか
「カンペキをめざさなきゃ」とか
きっと堅苦しく考えていたこととかが全部抜けていって
魂が、
喜んでいる気がした。
「こうなっていいんだよー。」って、本気で思えた。
さみしさは 相変わらずあったし、涙は止まらなかったのに
不思議だね。
いまでも、会いたい気持ちはある。
でも…
何か違うんだよ、そういうことじゃない。
今はただ、からっぽの時間を作ることが、大事なんじゃないかな。
心の中にも、空間にも。
私はただ、離れたところから、あのひとの幸せを祈るのみ。
「自分の人生に、自分自身を真ん中に持ってくること」ができていなかったように思う。
自分とのコミュニケーション、メンタル再受講、旅すること、お金をつかうこと、堂々と振る舞うこと、過去にとらわれないこと、未来への不安…
さんざんおしつけて、わめいた。ごめんね。
…でも、まぁ。お互い様だよって思ってるんだけどね。
2人とも未熟だったね。
カッコ悪い私も、見てくれてありがとう。
私は、さいごの1、2ヶ月がいちばん「本気」な気がして好きだったなぁ。
濃い時間を過ごしたなぁって思うよ。ありがとう。
私は、一生懸命、向き合ったと思ってる。
嘘はなかったし
ただ、やりすぎた感はイナメナイけど…
家族以外で、ここまで一生懸命になったことは初めてだもん。誇りに思うよ。
「キョリをおこう」って言ったときの声は、すごく、すがすがしかったことを覚えてる。
きっと、私が苦しめていたんだね。
振り返ってみると
「あ~楽しかった!!」
人と向き合うことって、楽しいね。
魂が、みがかれるね。
ギリギリのところまで、つきあってくれてありがとう。
あなたなら、全部 受け止めてくれるって思えていたから、つい、甘えすぎちゃった。
ありがとう。
ありがとう。
もう、自分のものさしで ひとをはかろうとすることはやめよう。
私の幸せ=ヒトにとっても幸せ ではないんだから。
幼い頃の思い込み…私もきっと、いっぱいあるだろうなぁ。
ムリヤリ、こじ開けようとしちゃだめだね。
ただ、あのひとについては どうも
自分の影から「逃げてる」「とらわれすぎてる」って思ってしまったんだよなぁ…
「怒り」とか「まずしさ」とか「幼い記憶」とか。
気楽につきあうだけだったら、見てみぬふりができたんだけどね。
まぁ、私のモンダイでもあるんだけどね。
「楽しさ」とか「ポジティブ」しか見ようとしなくて
暗い部分を見ることにすごく恐怖感があるように見えたんだ。
忘れたいけど、忘れられなくて、ムリヤリ、おしこめて、
重い荷物を背負いながら、必死で生きているかのように、見えたんだ。
私は、その暗い部分に、光をあてたかった。
「見てみて」って。
「そんなに悪いもんじゃないよ、私から見たら」って。
「宝物、ここにあったよ」って。
一緒に探し出して、笑いたかったんだ。
あのひとは、心が引っかかることを「恐怖」と思って、さけて通るような気がしていたから。
本当に欲しているものは、そこにしかないのに。
でも、
そんな「キビシイ正しさ」じゃあなくて
「逃げても受け入れてくれる優しさ」に、飢えていたのかもしれないね。
私には、できなかったけれど。
あせっちゃったよ。
私も未来が不安だったんだ。
でもなぜか、「悪いことした」って後悔は無いよ。
図太くなったかな、私。
あ。免許もらったこと、一番に報告したかったけど できなかったことは後悔だわ。彼が取らせてくれたようなものだから。
私は、たったひとりでいいから、底抜けに愛されたかった。
どんな私も、見てて、受け入れてほしかった。
お互いにとって、そうなりたかった。
甘えとか、理想論だとか、「カチカンの違いだね」って言われたら、それまでだけどね。
Tanks a lot.
私は
幸せ者だ
支えてくれるひとがいる
はげましてくれたり
気遣ってくれたり
ちょっぴり心配もしてくれて
秘密を打ち明けてくれて
肩を並べて歩いてくれて
微笑んでくれるひと
こんなあたたかい温もりを
いつもいつも、忘れないでいようね
幸せ者だ
支えてくれるひとがいる
はげましてくれたり
気遣ってくれたり
ちょっぴり心配もしてくれて
秘密を打ち明けてくれて
肩を並べて歩いてくれて
微笑んでくれるひと
こんなあたたかい温もりを
いつもいつも、忘れないでいようね
ささみの大葉味噌焼き
じゃがいもとツナ煮
ゆでアスパラ
切り干し大根(夕食)
トマトサラダ(夕食)
土曜出勤の家族のためのお弁当。
…2品残り物を入れたから、あっという間にできました(^_^;)
今の季節、じゃがいもが美味しいっ

お弁当には毎日のように入れてるな(笑)
このところずっと、ゆめを描けないでいた。
頭のなかが 大忙しで
考えてもわからないことを ぐるぐる考えて
「早く進まなきゃ」
って 自分にムチ打ってた。
幸せなはずだと思っていた。
心が曇っていることは 自分が一番知っていたはずなのに。
ちょうど1年前の、旅行の帰り道
「つかれちゃった」とつぶやいたら なんだか泣けてきた。
仕事では 時間に追われてせかせかして
思い出せばいつもいらいらしてた。
重たかった。
あらゆることが。
「楽になりたい」ってずっとおもっていたよ。
「早く 楽になりたい」って。
何もできなくても 何もしなくてもいいような
そんな居場所がほしかった。
その頃は、ただ 立っているだけで 色んな重圧を感じて
折れないように必死でがんばっていたんだ。
でも、ささいなことの積み重ねで
なんでもないのに涙がでるようになっちゃった。
「たすけて」
って言えなかったり
うまく伝えられなかったり
全然器用じゃない生き方をみて
カミサマが休暇をくれたのかもしれないな。
ずっと、読めなかった本を 読む気になれたこと
友達や家族の優しさに 甘えられるようになったこと
大きな進歩だ。
いまは、いっぱい休もう。
頭のなかが 大忙しで
考えてもわからないことを ぐるぐる考えて
「早く進まなきゃ」
って 自分にムチ打ってた。
幸せなはずだと思っていた。
心が曇っていることは 自分が一番知っていたはずなのに。
ちょうど1年前の、旅行の帰り道
「つかれちゃった」とつぶやいたら なんだか泣けてきた。
仕事では 時間に追われてせかせかして
思い出せばいつもいらいらしてた。
重たかった。
あらゆることが。
「楽になりたい」ってずっとおもっていたよ。
「早く 楽になりたい」って。
何もできなくても 何もしなくてもいいような
そんな居場所がほしかった。
その頃は、ただ 立っているだけで 色んな重圧を感じて
折れないように必死でがんばっていたんだ。
でも、ささいなことの積み重ねで
なんでもないのに涙がでるようになっちゃった。
「たすけて」
って言えなかったり
うまく伝えられなかったり
全然器用じゃない生き方をみて
カミサマが休暇をくれたのかもしれないな。
ずっと、読めなかった本を 読む気になれたこと
友達や家族の優しさに 甘えられるようになったこと
大きな進歩だ。
いまは、いっぱい休もう。














