あたしは、もしかしたらとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。
7月13日、鈴木惣士郎さんのセミナーに行った。 行ってよかった。 本当に、よかった。 「お母さんへの優しい言葉が、宇宙から幸運を連れてきますよ」 というメッセージカードをもらった。 お母さん? お父さんじゃなくて?? 不意打ちをくらった気がした。 私は、とんでもない思い違いをしていたのかもしれない。 ずっと、これまで父親との関係を改善しようとしていたけど、 意識を向ける矛先を、間違っていたのかもしれない。 でも、なんで? 突然そんなこと言われても、府に落ちない。 あたしは大事なことを見落としていたのかな。 お母さん。 当たり前すぎて、一番感謝すべき人を一番ぞんざいに扱ってた?? そうだとしたらごめんなさい。 なんて。カンタンに謝ってすむことじゃないよね… あたしのテーマは、一生「家族関係」にあるのかなぁ。 お母さん。 どうしていいんだろう。 どうしたらいいんだろう。 だって、あたしはずっとお母さんを怨んでいたんだ。 「こんな自分」だから、「こんな自分」に育てたお母さんを嫌いだった。 小さい頃、泣いていると長屋に閉じ込めたお母さん。 「泣くな」と怒るお母さん。 私が甘いお菓子を食べると不機嫌になるお母さん。 耳を引っ張り真っ暗な長屋に連れて行こうとするお母さん。 兄のことばかり気にかけるお母さん。 父親を嫌うお母さん。 ばあちゃんを悪く言うお母さん。 全然しっかりしてないくせに、私には完璧を求めるお母さん。 テストの点数が悪いと怒鳴ったお母さん。 尊敬できないお母さん。 なんでも一人で抱えこむ、そして「自分ばっかり」と愚痴を言うお母さん。 私が渡した突然のプレゼントを、「自分の為でしょ」と言いのけたお母さん。 私の泣き顔を嫌いだと言った。泣き声を嫌いだと言った。泣いている子は嫌いだと言った。 それ以外の時は、かまってさえくれなかったのに。 そのせいで、私は感情を表現することが怖くなったと思っていた。 「お母さんのせいだ。」 いつからかそう思うようになった。悪いことは全て。 そしてほとんどの良いことも。 「母子一体感」 心理学の講座で言ってた。 私と母の間に、これがある。 手放したい。できれば。 古い想いと一緒に。 私はずっと、母を怨んでいた。 それは、自分自身に責任をとっていない証拠だ。
こんな風に考えてみる。 母が、私と全く血の繋りのない赤の他人だったら? 母にとって、私を育てる責任も義務も何も無かったとしたら?
そうだとしたら、あまりにも母が可哀想すぎる。 こんなワガママな娘、あたしだったら捨ててしまう。 …感謝されてないならば。 朝から晩まで働いて、誰も自分の気持を汲んでくれないで、 「私はひとりで働いている」と思って、 お金として報酬が与えられるわけでもない。 私だったら、逃げ出してしまう。 じゃあどうして、母は逃げなかったのかな。 その先に、何があると思っていたのかな。 あたしはもっと、母親に愛情を表現していいんじゃない? だって、今一番身近な人だから。 だって、そろそろ「母子一体感」と抜け出したいから。 きっと、近すぎて見えていなかった。 物理的に離れたってダメなんだ。 それは以前、身を持って学んだこと。 私は、今、ようやく母離れをする時期なんだ。 これから、友達のように、お互いを尊敬しあって、付き合っていけたらいい。
こんな気付きをくれた、鈴木さん。 ありがとうございます。 ありがとうございます。
セミナーのなかで、「いい言葉」は言えば言うほど、自分に返ってくる、と教えてくれた。 本当に体験した人の言葉は強い。 本で読むよりも、目の前で力説された方が、何倍も信じられる。
今から、いい言葉の貯金箱を作ろうと思う。 自分の外側と、内側に。 アンテナをはって、「いいことば」をキャッチして、自分の中にコレクションを作る。 知ってる言葉を「いいことば」にデコレーションして、人に渡す。 最後に、仏教の話を紹介してくれた。
「どうして、人間には手がふたつあるのか」 ひとつの体に、ふたつの手。 「それはね。人間は誰もが、二人の人に支えられて生まれたからだよ」
お父さんと、お母さん。 誰もが、支えられて生まれてきたんだ。 だけどいつしか、人は自分の足で立つようになる。 2本の足で。 「それを、自立と言うんだよ」 「すると、それまで支えられていた手が余るよね」 「だから今度は、その手で人を支えるんだよ」
手は2本あるから、ふたりぶん。 ふたりの人を、支えていってほしい。
今日、自分が感動したことを話してあげてほしい。
自分の口から出た言葉は、まず自分の耳に入る。 相手の心に反応して相手の表情に出て、自分の目に入る。
そして相手の口から出る言葉で、自分の耳からまた入ってくる。
「表情って、気持を表すことなんだって。だからいつもいい表情でいたいよね」
「ふぅん」と聞いていた友人が、でも、次の待ち合わせの時に、いい表情になっているかもしれない。 すぐに変化があるとは限らないけれど。
「大丈夫」
まわりまわってきっと世界を明るくするから。