頑なになっているわけじゃないと思う。

でも、最近思う。

「信じられるのは自分だけだ」って。


いつからか私も「大人」と呼ばれる年齢になった。

子どものころ、どんなに叫んでも 無反応であるように感じられた世界。

いまでは手の届くところにある。手を伸ばせば、欲しい物をつかむことが出来る。


逆に言えば、私の向き合い方で毎日、世界はかたちを変える。


今日、ちょっとした迷惑メール騒動があった。

信用のおける先輩の名前の入ったメールだったから、本人に確認もせず登録をしてしまった。

けれどその先輩も、内容について知らないまま登録をしていて、私にメールをした覚えもないという。


結局、そのことについては事なきを得たけど、そんな行動をとった自分を恥ずかしく思った。


「頭は使えば使うほど良くなるよ」

とは、修学旅行で乗り合わせた学校の先生の言葉。

そう、使わないとどんどん衰える。



さて、東京に「預言カフェ」という喫茶店があります。

教えてくれたNさん、ありがとうございます!!!

先日、行ってきました。

店に入るために2時間くらい待ったけれど、貴重な体験ができました。


牧師さんが、一人ひとりに神様から、といわれる言葉を伝えてくれます。



これは6月5日の預言。


「主が言われます。

輪が愛する娘よ、本当にあなたは忠実なものです。

なかなか前に進むことが出来ない状況、前に進むのが困難な状況の中にいるかもしれない。

しかし、心配しないでしばらくの時間を費やしなさいと主が言われます。

状況の中にあって、あなたが今だと確信を得て、変更の扉を開いていくことが出来るようにします。

何もわからないままに、無理矢理、言われるままの選択に判子を押してしまうことがないように

安心して今の所に居りなさいと主が言われます。

あなたはよく面倒を見ることができる心を持っています。

あなたのその責任を負う心によって、多くの人たちが力を与えられ励まされてきました。

自分のやっていることに対して、提供はするけれども自分は不安である、

人たちに助けは与えるけれども自分は何か安定しないように感じるかもしれません。

しかし、互いに助け合え関係が保たれているというか

あなたが与えていること、それに対して充分に恩恵は受けています。

経済のことを心配しないで、あなたの今の趣味、ボランティアというか、大して頼りになるものではなくて

人に言うのは大変かもしれない。

けれどもしかし、恥ずかしいまたは頼りのないものではないと主が言われます。

時が来るとそのものに肉がついて、その益を受けるようになります。

長年積み重ねていくことには不安を感じるでしょう。

そのことに対して途中で変えるように要請があるかもしれない。

しかし、そのことをあなたが途中でやめてしまわないで、今、本当に自分の信じる所にしっかりとどまりなさい。

大きな安定をもたらすものとして、またあなたと共に協力してそれを担う人を置いていますと主が言われます。

ひとりだけで細々と行く物じゃなくて、しっかりとした新しいグループを与えますと主が言われます。

ひとつ、

本当に今まで自分が学んだこと、専門としたことに対してそれをもう一度取り上げなさいと主が言われます。

勉強したこと、時間を費やしたことがどれだけ価値がありあなたを助ける物になるかこれから体験する時です。」



本当はもうちょっとありました。

でも、その部分は意味がわからなくて・・・

なんとなく理解できる部分だけ載せました。


この預言を自分なりに解釈すると、

今の仕事をしばらく続けること、それがひとつ。

「専門としたことをもう一度とりあげる」っていうのは栄養学かしら??

栄養学の必要性は、最近ひしひしと感じる。


なんでもできる人にはあこがれるけど、

私はひとつのことを「これだけやってきた」と言える人こそ魅力的だと思う。

狭くていい、一生掛けても飽きないものと、とことん付き合っていきたい。