研修先がギリシャに決まったのは、3月の終わりだった。
ご存じのとおり、その時ギリシャは、経済破綻の真っ最中。
ストライキやデモなど、暗いニュースが日本を駆け巡っていた。
研修先が決定してから、僕はギリシャに行くことを不安に感じるとともに、
彼らに対して自分ができることは何かないかと、考えるようになった。
かっこいい言葉すぎるかもしれないが、何となく、「使命感」のようなものが僕の心の中には芽生えていた。
しかし、理工学部の常識知らずというおバカチャンが経済に関する知識を持ち合わせているはずがない。
具体的にギリシャ経済を回復させる方策なんて、考えられるはずがなかった。
だいたい、こういう問題はとことん複雑であり、数か月程度勉強したからといって解決策が見えてくるものではない。
だったら、どうするか?
自分にできることは、何か?
僕は、経済対策のような「直接的」に彼らのためになることはなくて、もっと「間接的」な貢献ができないかを考えた。
ギリシャの人達を、ほんの少しでも喜ばせられるような、一瞬でも笑顔にできるような、そういう取り組みをしようと考えた。
生活の改善や社会システムの変革といった根本的な解決手段ではないが、彼らの気持ちを明るくすることも、一つの貢献のスタイルだと考えたのである。
そしてまた、「自分の行動で誰かを喜ばせる」ということは、僕の人生のテーマに沿ったものでもあった。
だから僕は、研修に行くまでの2か月間で、ギリシャの人達のために「プレゼント」を作ろうと考えた。
もらって喜んでくれるような、そして彼らに幸福を呼び込むような、そんな「プレゼント」を作ろうと考えた。
そして・・・
僕が実際に作ったプレゼント。
それが、
この1500羽の「折り鶴」である。
「折り鶴」は日本の伝統文化であり、古来より平和や幸福をもたらす意味を込めて作られてきたのだという。
日本人として、僕はその伝統を信じることにした。
彼らに幸福が訪れることを願って、一つ一つ自分の手で折った。
そして2か月間で作れるだけ、合計で1500羽を折った。
1500羽の折り鶴をどういう形で渡していくかに関しては、また別の考えがあるのだが、
いずれにせよ、これからはこのプレゼントを渡していくことを一つの目的として活動していく。
ブログにも、その活動の様子を書いていきたいと思う。
こんなことをして、何の意味があるのかと思う人もいるだろう。
もちろん、その疑問は僕だって持っている。
あげた所で喜んでくれない可能性だって、当然あるだろう。
逆に嫌がられたり、不快に感じさせてしまう可能性だって、ゼロではないと思う。
だが、究極的に言えば「行動しないよりはまし」だと思った。
あのマザーテレサも言っている。
「私は、親切にしすぎて間違いを犯すことのほうが、 親切と無関係に奇跡を行うことより好きです」と。
嫌われてもいいから、間違っていてもいいから、自分にできることをやってみようと僕は思った。
自分なりの貢献をしてみようと思った。今の自分にできる“精一杯”の行動をしようと思った。
「1500羽の折り鶴を、ギリシャの人達に届けること。」
これが、僕が研修後半戦に立てた、最後の目標であり、最大のプロジェクトだ。
1500羽を配り終えた時、何が起こるのかはまだ分からない。
でも、ほんの少しでも彼らを笑顔にすることができるはずだと、
彼らの心に温かい風を吹かせることができるはずだと、僕は信じている。
日本の皆様、どうか、温かい目で見守って下さい。ぺこり。