今更こんな事言うのもどうかと思うが
インターネット世代のアーティストの筆頭格と言えば
米津玄師、tofubeatsなのだが、今回は米津玄師の事を書くよ。

個人的に感じてる事を素直に少しだけ。




まず、米津玄師がインターネットから出てきたと思うのは、ご存知の通り彼はボーカロイドを駆使し、ハチ名義で活動していたからだ。
そんな事はもう今更言っても誰も興味無いのだが聴いて欲しいのはこの曲  「砂の惑星」


メジャーデビュー後は「ドーナツホール」を最後にハチとしての活動は沈黙しており「砂の惑星」はハチとして約4年ぶりのリリースであったこの曲。

この曲に込められたハチの想いとは如何に。

インターネットの良い部分、悪い部分、更に言えば、良かった時代、悪くなった現代。


初音ミクの10周年を祝うために作られたというこの曲、どんな歌詞かと言えば

「今後千年草も生えない 砂の惑星さ」
「立ち入り禁止の札で満ちた 砂の惑星さ」
「この井戸が枯れる前に早く ここを出て行こうぜ」
「すでに廃れた砂漠で何思う」
「でんぐり返りそんじゃバイバイ あとは誰かが勝手にどうぞ」

そういう事ですよねこれ、ハチが居た頃のインターネットはもうそこに無いのかも知れない。
そして、彼は米津玄師へ。。。


そう思いながら米津玄師を聴いてみると、なかなか分かりやすいかも知れない。
現代におけるインターネット、SNSやらなんやら、人を叩いたり、炎上したり、様々あるが、米津玄師はそれについてどう思っているのか、歌詞を見てみよう。

例えば「TEENAGE RIOT」の歌詞は
取るに足らない言葉ばかりが並ぶ蚤の市」

例えば「LOSER」の歌詞は

「こんな日々もはや懲り懲り」
ぼんくらな夜に飽き飽きまた踊り踊り出す」
踊る阿呆に見る阿呆 我らそれを端から笑う阿呆」
などと歌っているが

しっかりと「聞こえてんなら声出していこうぜ」
とも歌っているんですよね。


まぁいいや。

歌詞の事ばかり言っても仕方ない。
音の事を言うのであれば


Flamingo」の時に
フォルクローレをやりたがったり、、グインという沖縄民謡独特の歌い方を一人で練習してたり

そして、気が付いたら民謡ファンクになっていたみたいな事をインタビューで語っていたと思うのだが、正にそれを感じる。

色々と試行錯誤し、古き良き音楽と向き合い、そしてそこに米津玄師のセンスと才能を重ね合わせた




とてもお洒落な銀河鉄道の夜だ
宮沢賢治もこれを聴いたら踊り出すだろう、たぶん。

今時の洒落たDubstep調というべきか、Waveというべきか
、すごいな、米津玄師、もう俺みたいな奴が何かを言うのが失礼だ、というか、書くのがめんどくさくなってきた。





この曲に関して言えば先程書いた『Flamingo』のインタビューで答えたように、正にその流れだな。


ホーン・セクション、ネオファンクというか、

Future funkと言うべきか。80'sな雰囲気。

かつてのBPM高めの米津玄師はもう居ないのか。
すごいな本当に、才能を惜しむこと無く見せつけてきやがる。
過去の良いものをしっかりと受け取り、受け入れ、そこに彼の血と肉が混じりあって出来上がった感じだな。


ざっくり書いてしまったが、そんな感じですかね。

ありがとうございました。