明日が共通テストだ、自己採点だ、判定だ。
この時期になると、家の中の空気もどこか落ち着かなくなる。
妻から「結局、結果って分かるの?」と聞かれて、
自分でも一瞬、言葉に詰まった。
点数は「分からない」のか?
最初に言っておくと、
テストの点数そのものは、ちゃんと確定する。
マークは機械で読み取られ、
共通テストの点数は正式に決まる。
自己採点じゃない、本物の点数だ。
だから「永遠に分からない」というわけじゃない。
でも、親がモヤっとするのは、
実はそこじゃない。
分からないのは「点数の意味」
ややこしいのはここだ。
点数は分かる。
でも、その点数が何を意味するかは、すぐには分からない。
・その点数で、どこに出願するのか
・同じ点数の受験生が、どれくらいいるのか
・二次試験で、どれくらい返せるのか
これらは、点数が出た瞬間には分からない。
だから、受験が終わったあとも、
「結局どうだったんだろう」という感覚が残る。
自己採点も、判定も「材料」でしかない
共通テスト後、
自己採点をして、予備校の判定に出す人は多い。
河合、駿台、東進。
複数に出して、AだEだと見る。
でも、これは答えじゃない。
全部、出願を考えるための材料。
予備校の判定も、学校の見立ても、
「当てにいくもの」じゃない。
外しにいくための道具だ。
だから、結果は誰にも分からない
点数は決まっている。
でも、合否は出願が終わるまで分からない。
これは、受験生だけじゃなく、
大学側も同じ。
大学は点数を持っている。
でも、その点数が「合格」になるかは、
人の動き次第。
だから、結果は誰にも分からない。
親として、できること
親ができることは、
点数を予想することでも、
判定を信じ込むことでもない。
・比べない
・焦らせない
・決めつけない
それだけでいい。
点数は、もうどこかで決まっている。
変えられるのは、
その点数とどう向き合うかだけだ。
結果がどうであれ、
ここまで来た過程が消えるわけじゃない。
今はただ、
静かに見守るだけでいい。