少子化について考えるとき、
いつも引っかかるのはこの問いだ。
少子化は、親が選んでいるのか。
それとも、社会構造なのか。
■ ネットを調べて、最後に残ったもの
いろんな意見があった。
価値観だ、思想だ、生き方の多様性だ。
でも、きれいな言葉を全部どかして、
最後に残ったのは、やっぱりこれだった。
金。
教育費、生活費、住居費。
将来の不安。
何かあったときに耐えられるか。
多くの人は「産まない」とは言わない。
「経済的に厳しいから」と言う。
それは逃げでも、言い訳でもない。
踏み切れなくさせている現実だ。
■ それでも消えない違和感
子どもは選べない。
生まれてくる子は、親の都合を選べない。
でも、
子どもを作るかどうかは、親が選んでいる。
そう考えると、
結果として少子化を「選んでいる」形にも見える。
ただ、それは自由な選択なのか。
選択肢が削られた中での選択。
それが実態に近い気がしている。
■ 家は、3人だから
うちは3人いる。
この現実の場所から、少子化を見ている。
だから、
1人を選ぶ理由が分からない。
否定したいわけじゃない。
責めたいわけでもない。
ただ、
どうしてそこに至ったのかを知りたいだけだ。
■ 結論は出さない
少子化は、
個人の選択なのか。
社会構造なのか。
たぶん、どちらか一つじゃない。
構造が選択肢を狭め、
その中で、人は選ぶ。
きれいに答えを出すつもりはない。
ただ一つ言えるのは、
この問題は「誰かのせい」だけで片づけられる話じゃない。
そして、
子どもが生まれることは、当たり前じゃない。
その重さを忘れたくないと思っている。