「ミニバスのコーチを辞めた時の話」 | AIと親父とバスケのブログ

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① きっかけ

ミニバスでコーチをやっていた。

最初は普通に関わっていたし、特別なことをしていたわけでもない。

ただ、やっていく中で思ったのは

揉めるのはだいたい大人だなということ。

指導者もそうだし、保護者もそう。

子どもはシンプルなのに、大人が複雑にする。

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② その前からあった違和感

正直に言うと

その出来事だけじゃない。

それまでにもいろいろあった。

外で自分のことを悪く言われているのも伝わっていた。

その時点で、もういいかなとは思っていた。

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③ ブロック大会前

ブロック大会に行くことが決まっていた。

段取りもしていたし、準備も進めていた。

でも

コロナの影響もあって、人数はギリギリ。

チームの中でも

「これ行けないよね」という空気が出ていた。

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④ 判断できない状態

こっちは担当している側だから

行けないなら行けないと、はっきりしてほしかった。

でも

誰もはっきり言ってこない。

人数は形式上は足りている。

だから

「行けない」とも言えない状態だった。

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⑤ 保護者への確認

そのままでは進められないので

保護者を集めた。

そして

「行けない場合はちゃんと自分に言ってほしい」

と伝えた。

でも

結局、直接は言ってこなかった。

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⑥ 最後の流れ

その後

女子の監督から電話が来た。

内容は

「行けないだろう」という話。

ただ、それは

本人たちからではなかった。

さらに

県の会長に先に話が行っていた。

自分に聞く前に外に話が行っている。

その時点で

順番がおかしいと思った。

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⑦ 決断

だから

「自分に言ってこないのであれば、もうやめる」

そう伝えた。

結局、最後まで直接は来なかった。

それが決定だった。

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⑧ 最後に

外で人を悪く言う人は信用できない。

直接言えない関係も信用できない。

それだけの話だと思っている。