誓約書を書かせるチームは、なぜ必ずおかしくなるのか | AIと親父とバスケのブログ

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高校の部活で、ある日こんな紙が回ってきた。
「保護者は先生と直接コンタクトを取らないこと。すべて保護者会長を通すこと」
いわゆる誓約書だったと思う。

これを見たとき、私は正直、衝撃を受けた。
どう考えてもおかしいと思った。


先生は嫌がっていないのに、会長の独断だった

私の感覚では、先生が「直接言われるのが嫌だ」と言っていたわけではない。
なのに、「会長経由にしろ」という形になっていた。
会長の独断だと思った。

しかも、会長経由にできない話もある。
それを全部「会長を通せ」は、私は無理だった。


なのに「先生をねぎらう食事会」は一部だけでやっている

さらに驚いたのは、先生をねぎらわないといけないと言って、
会長中心に一部の保護者が、先生を入れて個人的な食事会をやっていることだった。

私には、先生との距離を自分たちだけ近くにして、配慮してもらえるようにしたいように見えた。
スポーツに忖度を求めるな、と思った。


『スポーツ毒親』で見た構造と同じで、余計におかしいと思った

私は以前、『スポーツ毒親』という本を読んでいた。
その本の中で、問題のあるチームで同様の誓約書を書かせていたという記載があった。

だから余計に、今回の件を「そのチームと同じ感覚」だと感じた。
そして、衝撃を受けた


私は署名しなかった。そしたら目をつけられた

私は、この誓約書に署名しなかった
目的が違うし、何がしたいのか分からなかったからだ。

そしたら、目をつけられた
でも私は、これをおかしいことをしている自覚がない人たちの空気だと思っている。


結局、誓約書で口をふさぐチームは、壊れ始めている

誓約書で、親の口や相談のルートをふさぐ。
それでチームが良くなるとは、私は思わない。

スポーツは、忖度で回すものじゃない。
子どもと競技の世界に、そんな空気を持ち込むなと思う。