でも悲しめる心を持ってる事に喜びも感じてる。
生きてるって証だろ?
人間の証明だ。
こういう悲しみを味わえるってのは、その前に喜びを知ってるからだもん。
人生、楽ありゃ苦もあるさ。
悲しみを味わえるのも人生の喜びだと思うよ。


サウスパークなんてクソアニメに泣かされるとは思わなかった。

いい事言うじゃん。

ありきたりな言葉かもしれないけど、じんときた。
暇過ぎたので、手帳の表紙を作ってみました。
 
 
 
bastard-0322さんのブログ-SH3F02130001.jpg↑表紙はカートマン
 
bastard-0322さんのブログ-SH3F02120001.jpg↑裏表紙は
カイル・スタン・ケニー
 
 
スタンがちょいブサ
 
 
自己満です。満足。
『島唄』は、本当はたった一人のおばあさんに聴いてもらいたくて作った歌だ。
91年冬、沖縄音楽にのめりこんでいたぼくは、沖縄の『ひめゆり平和記念資料館』を初めて訪れた。
そこで『ひめゆり学徒隊』の生き残りのおばあさんに出会い、本土決戦を引き延ばすための『捨て石』とされた激しい沖縄地上戦で大勢の住民が犠牲になった事を知った。
捕虜になる事を恐れた肉親同士が互いに殺し合う。
極限状況の話を聞くうちにぼくは、そんな事実も知らずに生きてきた無知な自分に怒りさえ覚えた。
資料館は自分があたかもガマ(自然洞窟)の中にいるような造りになっている。
このような場所で集団自決した人々のことを思うと涙が止まらなかった。
だが、その資料館から一歩外に出ると、ウージ(さとうきび)が静かに風に揺れている。
この対比を曲にしておばあさんに聴いてもらいたいと思った。
歌詞の中に、ガマの中で自決した2人を歌った部分がある。
『ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら』という下りだ。
『島唄』はレとラがない沖縄音階で作ったが、この部分は本土で使われている音階に戻した。
2人は本土の犠牲になったのだから。