一抹の不安を抱えたまま控え室に戻り楽器を置いてくると急いで客席に入る。お客さんにならなければならないのだ。
そう、K先生もおっしゃっていた「キミたち、ちゃんとお客さんになってくれよなぁ。それも大事な仕事なんだから。」
現役の学生指揮ステージが始まる。そりゃもう素晴らしい演奏だ。自分たちの頃よりずっと洗練されていてお上手だ。それでいて「若さ」に満ち溢れている。やはりサウンドの本質は変わっていない。
吹奏楽を離れて早10余年。実は知らない曲ばかりなのであるが、すっかり魅力に引き込まれてしまい気迫のこもった熱い演奏に思わずウルウル来そうになってしまった。いかんいかん、まだまだだぜ。
休憩タイムにはまた急いで控え室から楽器を取ってきて、さぁいよいよ出番だ!!それにしても舞台袖で待っているのって、慣れているつもりでも緊張するよなぁ。
舞台に上がると照明が眩しい。そして席に着く。いつもの「一番後ろの端っこ」だ。どれもこれも慣れているはずなのに不思議と新鮮に感じる。周りの空気がそうさせているのだろうか。
そしてチューニング→K先生登場とさくさく進み、タクトダウンの瞬間を迎える。
きっと演奏中にこみ上げてきて感涙に咽んでしまうに違いないと思っていたのだが、意外や意外、実に淡々と曲は進んでゆく。
そこには「これが最後」みたいな気負いもなければお涙頂戴もない。実に澄み切った音楽(物理的には「?」が付くが…苦笑)だけが周りに満ちてゆくのみである。
そうだ、これがK先生の音楽、いや人生の真髄なのではないだろうか。今頃わかってんじゃねぇよ俺。人生20数年ムダにしちゃったじゃないか。
いつまでもこうしていたい。時間よ止まれ!この時よ永遠なれ!と本気で思っていた。
みんなきっとそうだっただろう。
そうこうしているうちに最後の曲も終わってしまった。余計な感慨は一切なく、そこにあるのは爽やかな充足感と達成感のみ。拍手をいただき起立したときの誇らしさはいまだかつて味わったことのないくらい最高のものだった。
(エピローグに続く)