久々に夜鳴屋でラーメン食べた。スープと麺ともやしのハーモニーが絶妙。
11/29 15:22
マンゴーパイ、マンゴーの味一切せえへん。
12/1 13:47
雄琴温泉のキャラ「おごとん」か…。スマイルバッチに毛が生えたような感じだな。
12/2 9:29
ビッグマックはおやつに入りますか?
12/4 11:57
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さて、明日から12月かよ。
今年も後一ヶ月しかないですが…
年賀状やら、いろいろやることあるということですね。
今年はもう釣りに行かないだろうから、大好きなバス釣りは今年3回も行くことができてよかった。
しかも、今年は10匹ぐらいは釣っている。
ここ5年は毎年2匹ペースだったから5年分のバスがつれたわけだ。
これも偏に植付さんのおかげか。
バスボートに乗せてもらって、50UP2匹を含む8匹ほど釣らせてもらった。
それがなきゃ、今年も2匹で終わるとこだったぜ。あぶねえ。
さて、釣りという物はそもそも風情のある文化的な遊びだと思うのだが
バス釣りはアメリカ文化か色濃くあって、日本のそれと少し異なっている。
ゲームフィッシングという概念が日本には薄いからだ。
勿論、釣果を競う遊びの要素は、鮎、ヘラブナ、タナゴなんかにあるんだが
基本的には釣って食べるという狩猟としての感覚が強く、
バス釣りをしていて
「食べられない魚を何の為に釣るの?」
などという質問をよく浴びせられたものだ。
バスを釣るなど、全く無駄な行為と思われたりしたのだが
もちろん食べられない訳ではないので、食べたければ食べればいいんだけどね。
でも、まあ基本的に釣る行為が楽しいし、釣り方が楽しいという事になる。
ローレンス・ブロックの短編に
「おれの興味はむしろ、魚をフライパンで焼いた時にどんな味がするかってことにあってね。いわゆる食べるのが好きなタイプなのさ。純粋に釣りを愉しむ連中から見れば邪道なんだろうけど」という男のセリフが出てくる。
アメリカでは、「純粋に釣りを愉しむ連中」が当然のように認識されているっていうか
「食べるのが好きなタイプ」の方がマイノリティーなのかと思ってしまう。
勿論、食べるのも楽しみとして大きな要素だと思うが、バスの場合
水面に浮くタイプのルアーに、魚が食いついてくるのが見えるのは興奮するし
底を探って、水中の障害物を感じて魚の居所を追いつめていくのはパズルを解くような楽しさがある。
餌釣りでも、タナを探って標準を絞っていくのに似た感覚なんだが
「純粋に釣りを愉しむ」というのは、魚が獲れればそれでいいという訳ではなくて
獲る方法にこだわるところが文化的と感じるわけである。
ルアーをやる人は、実は餌の方が良く釣れるなんてことは知っているし、網の方が効率がいいなんてこともわかっている。
だが、網よりも、餌よりも楽しい方法で魚を釣る事に意味があるのである。
ゆえに、何十年も昔のABUのリールに時代遅れのグラスロッドで、魚を釣る人もいるし
最新の高感度の竿で、水中の障害物に神経を研ぎ澄ます人もいる。
ライトリグと呼ばれる軽量仕掛けは、簡単に魚が釣れると思われがちだが、実は繊細で、より集中しないと感じられない変化がおこる。
釣り大会にはルールがあってそれに則って競うから成立する。
それは、魚を獲る事が目的なのではなく、愉しむ事が目的なの。
「食べられない魚を何の為に釣るの?」
なんて問いかけは
サッカーをする人に「なんで手を使わないの?手の方が得点入るじゃん」
と問いかけるのと同じぐらいのことなんだがね。
ま、来年はもうちょっと釣りに行きたい。
なんて、思ってるんですけど・・・。
どうなの?

