皆様こんにちは、古宮です。
2年もブログを更新してなかったことに対して衝撃を受けております。
2026年夏も日本に帰ってきました。コンサート1つとアウトリーチ1つを終わらせて目まぐるしいリハーサルの日々からときはなれて今はコンクールモードへシフトチェンジしています。
7月に帰国するのはバスおけぶり2回目、蝉の音が鳴り響いているのがやはり懐かしいです。日本に帰ってきてすぐカルテットのリハが始りましたが、日本で同じ先生に勉強した仲間たち(僕からしたらクラスメイトを超えたファミリーのような存在です)と過ごした時間は懐かしくとても楽しく、あっという間に過ぎていきました。プログラムはお祭り騒ぎのような楽しい曲しかありませんでしたが、それも久しぶりでとても良かったと思います。
ヨーロッパに住みはじめて5年目に突入しますが、日本にしかない風情、文化、特徴がたくさんあります。日本にいた頃はその素晴らしさに気づくことができませんでしたし、逆にヨーロッパの文化についても深くはわかりませんでした。ですが言葉には説明できない、風、温度感、聞こえてくる音、見えてくる景色、坂、一つ一つの石や水の味から食事、お酒(笑)まで日本に一時帰国で帰ってくると全てが貴重な経験だということを再確認します。もちろん素晴らしい演奏会に簡単に足を運ぶこともできています。現在支援を受けている、ラインラント=プファルツ州、および10月から支援をしてくださるヴュルツブルク音楽大学の方々に感謝がしてもしきれません。
さて今月は自分と向き合う月です。作曲家が残した楽譜を読み取る、そしてそれを踏まえて考え、感じ、表現する、芸術とはどれほど奥深いものなのだろうと実感します。僕が尊敬する指揮者の1人、指揮者のヤニク・ネゼ=セガン氏はインタビューで"音楽に型通りの演奏方法なんてありません。むしろそれは避けるべきものです"と語っています。でもその避けるという行為がとても難しい。0から新しいものを作るというのはとても難しいです。もちろん型通りの演奏ができてからの話で、18世紀の著書C.P.E.Bach の“Versuch über die wahre Art das Clavier zu spielen”にも装飾音符の処理の仕方の話の中ですが"不適切な装飾を施すくらいであれば、まずは譜面通りに正確に演奏すべきである"と書いてあり、この著書に出てくる「良い趣味(guter Geschmack)」という表現がとても好きなのですがこれほど素晴らしい表現かつ正しい正解がない表現は芸術の奥深さを表す表現の一つだと感じています。
自分のアウトプットのために長くダラダラと書いてしまいましたが、残り3週間の日本滞在中の音楽活動で自分と向き合い、どこまで自分ができるのか、とてもワクワクしています。芸術ほど深く面白いことはないと思います。そんな素晴らしいことに生涯をかけて向き合えるということは幸せなことだと思います。
古宮幹康
2026.08.03.



