人生振り返ってみれば、挫折が多かった気がする。自分で言うのもなんだが挫折のたびにそこで腐ることはなく、何が何でも這い上がってやるといつも思うことができたからこそ今があると思っている。
しかし、失敗ばかりしているとさすがに気は滅入る。これでいいのか、まずいんじゃないかと。そんなときに、私は本書を手に取った。
本書では、私が挫折を味わったとしても、それを前向きな経験として受け入れるための7つのポイントを探すために本書を読了した。
1つ目は、「自分を抑制する「優等生」の脆弱さ」というものだ。ここでは、学校教育という中で優等生とされてきた生徒は、相手の心を読むことに長けるがあまりに、いざという時に役に立たないという事象をあげ、あまり周りの顔色をうかがい自己抑制に陥るのではなく、いざという時は思い切ってぶつかってみろ、と説く。そうすることで、時には打ち負かされることもあるかもしれないが、それによって初めて味わえる経験があり、自分を大きく成長させることができると説く。
2つ目は、「日本型教育が生んだ教育の害毒種、その名は「出羽の守」」というものだ。
何かあると先例を拠り所とし、それを権威にして周囲を説得しようとする人間よりも、「正解なんかありゃしない」という態度で物事にぶつかっていった方が、新しい発想、チャレンジを呼ぶとする。当然そこには挫折などが付きまとうかもしれないが、それを外から分かったような顔で評論するような奴よりはるかにマシだ、とする。
3つ目は、「世の中のいわゆる「成功哲学」の欺瞞について」というものだ。
ここでは、城山三郎氏の著書を紹介しながら、「人間、飯が食えて、夜露が凌げる場所があれば、生きていける、たいていの挫折や失敗は受け流せる」とする。もしも、そのような逆風に吹かれたとしても、それはそのものとして受け止めればよいだけのことと説く。逆にそれに反発する方が危険を伴うと説く。人間には進む時期と休むべき時期がある、ということだ。
4つ目は、「敗因分析がうまくできない理由」というものだ。著者が司法試験に不合格となった際に徹底的に敗因分析を紹介しながら、敗因分析の重要性を説く。また、ここでは一般的に苦手とされる自分の失敗を振り返るコツというものも紹介されており、ここでは、「過去の失敗した自分は、今の自分とは違う人間、極端なことを言えば、別人格として自己観察をする」と紹介する。単に失敗したことを自分のせいにしてスキルアップを図ることも非常に重要だが、それは自分のストレスにもなる。ならば、一度別の人間に対する評価として、過去の自分に対する建設的な言い訳を作った方が自分のストレス的にも楽であると説く。
5つ目は、「勝負は時の運・・・運命を受け入れることの大切さ」というものだ。著者のご尊父を紹介しながら、「結局最後は死んでしまう人生。ならば、目の前のあらゆる人生を受け入れて生きていくしかない」という人生に対する考え方を紹介する。
6つ目は、「人はなぜ裏切るか、なぜネガティブな行動をとるのか?」というものだ。ここでは、自分の娘の結婚式に「●●株式会社●●工場長」として出席したいがあまりに、その工場の撤退に反対した事例を挙げながら、何か一つの出来事には必ず、光と影、それぞれあるとする。全てが奇麗事で済むようにはいかないと説く。逆に負の側面にある光に目を当てることでこそ見えてくる光もあるのではないかとする。
7つ目は、「歴史小説の読み方」というものだ。
歴史小説はただ読むだけでは意味が無い、そこに登場する人物間の心理戦として読むほうがその面白さが一気に上がる、と説く。
本書では、いわゆる成功するためにどうするかということではなく、失敗したときにどうするかという点に着目しており、今はやりの成功本とは性格が異なる。そのため、実際に失敗経験のある人には非常に心強くなる1冊であると思う。
本書での失敗というもの捉え方などは、非常によくまとまっており分かりやすい。しかし、個人的に気になるのは、本当に筆者は挫折などしているのか?ということだった。東大法学部、しかも在学中に司法試験合格、さらに海外MBAホルダー、産業再生機構・・・、確かに自信をもって臨んだ司法試験に落ちたというのは挫折かもしれない、会社の倒産の危機に瀕したというのは、挫折かもしれないが、正直にいってそれのどこが挫折なのか教えてほしい、という気がしなくもない。東大にすら入れない、司法試験にすら受からない、というそもそも著者の前提にすら引っかからない人が多数いる中で、これを挫折ということに違和感を覚える人もいるだろう。
また一つ気になるのは、やたらと本書発行当時の政権与党である民主党に対するアンチなものの言い方だ。まぁ、民主党に失望したという理由はわかるが、かなりの個所でさりげなく(といっても丸わかりだが)民主党批判をしている。当然著者は、産業再生機構という前政権与党の設立したものに密接にかかわってきた人間だから、ここで冷や飯を食わされたという恨みなどが実はあるかもしれない。しかし、ここでそれをぶちまけているのか?という表現にはやや拍子抜けする。
自分が大きい挫折をしてきた人間だ!、民主党はだめだ!というこの変な2点が無ければ本書はよりよいクオリティーとなっていただろう。