神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?の考察~米子沢編④・後編~(パソコン読者用) | 新・バスコの人生考察

神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?の考察~米子沢編④・後編~(パソコン読者用)

 沢に沿って10分ほど歩いたところで、連瀑帯に出ました。


 連瀑帯は、階段のような岩場に滝が流れています。水際の階段を登り切り、休憩を取ることになりました。


 「あー、しんどっ!」


 僕はクタクタです。緑が生い茂る草むらに、リュックを枕にして寝転びました。


 ほどなくして吉田が、「この近くに大きな池があるぞ!」と知らせてきました。


 僕らは合宿に来てから、1度もお風呂に入っていません。池に入って、体を洗うことにしました。


 医療係である吉田が、シャンプーと石鹸を貸してくれます。僕は全裸になって、頭を洗いました。ハンドタオルに石鹸をこすりつけて体を洗い始めたのですが、ふと見た神林リーダーが、ふんどしで体を洗っているのです。


 ルソン島か、ここ!オアシスを見つけた一等兵か、お前は!


 「それにしても、やっぱり沢は最高やな!ここに陽子を連れてきてやりたかったわ!」


 しょうもないウソつくな!お前みたいな奴に彼女なんておるわけないやろ!


 「神林さん、彼女がおるなんてウソ、つかんといてくださいよ」


 「ウソと違うわ」


 「ウソでしょ。じゃあ訊きますけど、その彼女とはどこまでいってるんですか?」


 「恥ずかしいからそんなこと言わすなよ!」


 「いいから答えてくださいよ。本当やったら答えられるでしょ?」


 「それはご想像にお任せするわ。Aなのか、Bなのか。それともCなのか」


 東京裁判か!AとかBって、戦後の戦犯の階級やんけ!


 「まあでも正直、BとCのあいだぐらいかな」


 どこで終えんねん!BとCのあいだって、そこまでいってんやったら全部やれよ!彼女も迷惑やろ!それこそA級戦犯やろ!


 「でも、クチビルを奪うときはさすがに緊張したな!」


 昭和一桁生まれか!クチビル奪うなんて言わんぞ、今日日!「リゾラバ」ぐらい言わんぞ!


 「ちなみにバスコは、(小指を立てて)これはいるの?」


 酔っ払いのオッサンか、お前!なんでさっきから酔っ払いが絡んでくるときに言うセリフばっかり言うねん!


 「いますよ」


 「ウソつけよ!ほんまにバスコはウソつきやわ!」


 お前がウソつきやねん!100:2でお前のほうがウソつきやねん!ちなみにこの2は、俺がチンコの皮を剥いてることのウソや!このウソは認めるわ!


 時刻は8時30分になりました。


 休憩を終えた僕らは、源頭を目指して再び、歩き始めました。


 遡行図で位置を確認したところ、残り3分の1といったところ。ナメ床を進み、しばらくして、6メートルほどのチムニー滝が姿を現しました。


 チムニーとは煙突のことです。岩が裂けた煙突のような細い場所を流れ落ちる滝を、チムニー滝と呼びます。


 このチムニー滝は、ほとんど直角です。幅は130センチほどで、高さは6メートルぐらいしかないものの、両壁に足を引っ掛けながら登るしかありません。ビルの隙間を縦に登っていく感じで、ほとんどロッククライミングなのです。


 「俺がまず登るわ!俺の登り方をじっくりと見とけよ!」


 神林リーダーが威勢よく叫び、壁面に足をかけました。


 ですが、いざ登り始めたものの、苦戦しています。壁面に足の置き場がないところもあり、その場合は壁の突起をつかんで腕の力で登らなければなりません。途中で落下しそうになるなど、見るからに大変なのです。


 焦る神林リーダーを見た松山さんが、下から叫んで邪魔をします。


 「神林、落ちても死なへんから、1回落ちてみたらどうや?」


 こんなふうに茶化し、楽しそうだったので、僕も茶々を入れることにしました。


 「神林さん、どんな感じですか?」


 「……」


 「足場はもろくないですか?」


 「……」


 「神林さんって、5浪でしたよね?」


 「4浪や!」


 ここだけ返してきた!振り返って反論してきやがった!


 「陽子さんが応援してますよ!」


 「わかってるわ!言われなくても俺と陽子は常に1つ!」


 気持ち悪っ、こいつ!おりもしない彼女にこんなこと言ってるぞ!


 「永遠(とわ)に陽子と……」


 体震えてきた、俺!永遠(とわ)とか言う奴と初めて出会って体震えてきた!大西も何か言ったってくれ!?


 「神林さん、背中にナイフが刺さってますよ!」


 何言ってんねん、お前!どさくさに紛れて何言ってんねん!


 「ククク、バスコさん、背中にナイフが刺さってたら、さすがに登れないですよね?」


 何がおもろいねん、だから!どこでスイッチ入んねん!


 「途中で絶対に出血多量で死ぬわ!あかん腹痛い、腹痛い!」


 シャブ打ってない、だから?神林といいお前といい、マジでシャブ打ってるとしか思えんねんけど!?


 5分ほどして、神林リーダーは登り切りました。


 神林リーダーが上からザイルを投げ、僕らはそれをハーネスに連結します。順番に登り始め、苦戦しながらも無事、全員登り切りました。


 チムニー滝を越えると、アップダウンの激しい河原に出ました。


 巨大な岩石が広範囲に散乱し、僕らの行く手を遮ります。その1つ1つを乗り越えなければならず、進むのに時間がかかります。


 よろよろとした足取りながらも、僕らは歩を進めました。


 僕らは、昨日の昼から食事をしていません。空腹に耐えて足を運び、河原を抜けたところで、眼前に全長100メートルほどの雪渓が現われました。


 ここからは、雪渓の上を歩きます。


 といっても地面に直接付着した雪渓で、厚みも150センチほどしかありません。踏み出す足が雪にはまり込むことはあるものの、慎重に進めば問題ありません。全員でうだうだとしゃべりながら進むことにしました。


 「松山さん、今、何が1番食べたいです?」


 「俺はチャーハンが食べたいな」


 「チャーハンいいですね」


 「バスコは何が食べたいの?」


 「僕もチャーハンと豚骨ラーメンが食べたいですわ」


 「いいな、豚骨ラーメン。大西は?」


 「ビーフです」


 カウボーイか!ビーフなんて言い方、カウボーイしか使わんぞ!


 「おかきもいいですね」


 ババアか!ひと息ついてるときのババアか!


 「黒い豆の入ったおかきが食べたいです」


 クソババアか!お前それ、クソババア専門のおかきやんけ!ゴリゴリのクソババアしか食わんわ、そんな趣味悪いおかき!


 「それより、バスコは家に帰ったら、まず何がしたい?」


 「そうですね。まあでも、すぐに飯食いますかね」


 「そうやろな。大西は?」


 「犬と遊びます」


 ムツゴロウか!とりあえず飯食えよ!犬と遊ぶんは飯食ってからにせいや!


 「神林さんは、帰ったらまず何をします?」


 「えっ?」


 耳鼻科行け、まず!お前は何をおいてもまず耳鼻科に行け!


 「(大西が)ドスン!」


 落ちた!大西が雪渓の下に落ちた!胸から下が全部雪に埋まった!


 「バスコさん、手を貸してください」


 「ほんまにお前だけは……」


 「ありがとうございます。助かりましたわ、ツルン!」


 居残れ、もうここに!もう山に居残ってくれ、人間界のために!長い目で見たらそれはお前のためにもなるから!


 雪渓を越え、再び、沢の本流に出ました。


 源頭まではもう、そんなに遠くはありません。近くの滝の下で、最後の休憩を取ることになりました。


 ふと見ると、神林リーダーと大西が、プロレスの話で盛り上がっています。神林リーダーもプロレスが大好きです。2人で延々とマサ斉藤の話をするなど、やけに仲がよくなっているのです。


 大西は、この合宿であか抜けました。


 初日はあれほど無口だったのに、今では自分から話しかけてきます。成長と呼んでいいのかはわかりませんが、体に芯が通ったことは間違いないでしょう。


 途中から、神林リーダーと大西が下ネタしりとりを始めました。


 前回同様、ものすごい応酬です。途中で「夜の職員室」と聞こえてくるなど、前回にも増してすごいボキャブラリーになっているのです。


 時刻は10時をまわりました。


 休憩を終えた僕らは、遡行を再開しました。


 進むにつれて、沢の水かさが増してきました。


 上流のほうからは、スノーブリッジの崩れる音が響いてきます。不安で仕方がなく、ほどなくして僕らの眼前に、激流が現れました。


 この激流は、ゴルジュになっています。ゴルジュというのは、流れの両岸に、垂直に近い岸壁が迫った地形のことです。壁のあいだに川が流れ、このゴルジュは幅が広いため、両方の壁に足を掛けられません。片方の壁に張りついて岩の突起をつかみ、30メートル近い距離をトラバースする(横に移動する)しかないのです。


 中央に流れる川は、激流になっています。足を踏み外せば、どこまで流されるかわかりません。


 最悪や……。まさか沢登りで、こんなところに遭遇するとは思ってなかった……。


 いずれにせよ、進むしかありません。ほかに道はなく、水面から50センチほど上の壁面に張りついて、横にゆっくりと移動し始めました。


 隊列は、神林リーダー、大西、僕、吉田、松山さんの順。リュックが重すぎて、背中から落ちそうになります。岩の突起をつかんで慎重に足を運び、8メートルほど進んだ地点で、後半の壁にコケが生えていることに気がつきました


 コケに足を掛けたらすべります。トラバースは無理で、少し先の壁面の下に砂地があります。僕らはひとまずその砂地に着地し、そこで話し合った結果、激流に身を預け、縦に押しくらまんじゅうをしながら突破することになったのです。


 幸いにも、水深はそれほど深くありません。ぎりぎり足が届くので、激流に浸かって縦に並び、壁の突起や前の人のリュックをつかみながら前進することになりました。


 コケの直前から始めると危険です。この砂地からスタートすることになり、僕はドキドキです。祈るような気持ちで激流に身を預けたのですが、進み始めるやいなや、僕の前を進む神林リーダーと大西が下ネタしりとりを始めたのです。


 なんでやねん、お前!状況考えろよ、お前ら!いつ流されてもおかしくないねんぞ!


 「胸」


 「寝巻きのままやる」


 「る、る、る……」


 「パスか?なあ大西、パスか?」


 やかましいわ!パスやあるか、こんな状況で!


 「類人猿とやる」


 意味わからん!ていうか、その時代は相手も類人猿やねん!その時代のスタンダードやねん、それは!


 それでもなんとかして進み、激流を突破していきます。ところが岸壁がカーブになった瞬間に水圧が強くなり、先頭の神林リーダーがバランスを崩しました。それにつられて後ろの僕らも態勢を崩し、僕らはなんとか壁の突起をつかんだのですが、つかむところのなかった大西が激流に流されていったんですよ!


 「大西!大西!」


 「閉経!!!」


 続き!?下ネタしりとりの続き!?流されながら閉経とか言うの!?もし死んだら遺言が閉経になるけどいいの!?お前のお母さんに「息子は最後に何か言ってましたか?」と訊かれて「閉経って言ってました」と報告するけどいいの!?


 「閉経!閉経!」


 お前の思いは受け取った!お前のその最後の言葉をお前の両親に伝えるわ!


 「アグググググ、南大……」


 みなまで言うな!大丈夫や、閉経ってちゃんと南大門にも伝えるから!


 僕らはどうすることもできません。ひとまずゴルジュを抜けました。


 10分ほどして、大西の叫び声が聞こえてきました。


 「みなさーん!僕はここです!」


 どうやら助かったようです。


 ザイルを投げて、大西のリュックに連結させました。僕らはザイルを引っ張り、大西はリュックをビーチ板にして泳いできました。


 訊くと、30メートル以上も流されたそうです。岸壁にせき止められ、体を打ちつけました。腕と腰の軽い打撲で済んだらしく、急死に一生を得たのです。


 大西の無事を確認し、僕らは遡行を再開しました。


 遡行図で確認したところ、残りはあとわずか。小さな滝を高巻きながら進み、しばらくして、20メートルの滝が姿を現しました。


 この滝は水流の勢いがすごく、ほとんど直角です。ロッククライミングするしかなく、表面は水あかでヌルヌルとしています。突起も少なく、高巻くのが当然なのですが、これが最後の難関です。最後に逃げるのはダメだ、という空気が僕らのあいだに流れており、暗黙の了解で登ることになりました。


 落下したら、命に関わります。先頭の神林リーダーにもビレイを設置することになりました。


 岩場の途中で、神林リーダーはハーケンを打ちつけます。そこにザイルを通してハーネスに連結し、下で待つ松山さんが残りのザイルを体に巻きつけます。こうすることで足を滑らせても、ハーケンの位置で体が止まるのです。


 ですが、経験者の神林リーダーでさえ、苦戦しています。登り切るのに10分近くかかり、次の吉田も悪戦苦闘なのです。


 吉田が登り切り、僕の番になりました。


 岩場に足をかけると、思っていた以上に滑ります。腕の力で登ろうとするものの、連日のヤブこぎがたたって力が入りません。それでも僕は奮起し、10分以上かかって、なんとか登り切りました。


 次は、大西です。大西は先ほど腕を打撲したため、僕ら以上に手に力が入りません。登るのが異常に遅く、頻繁に足を滑らせるなど、見ていて痛々しいのです。


 「大西、そこで止まっとけ!俺らがザイルで引っ張り上げたるわ!」


 見かねた神林リーダーが声を張り上げました。上には3人いるので、大西をザイルで引っ張り上げられます。


 ですが、大西がそれをよしとしません。


 「僕は自分の力で登ります!」


 こう言って、僕らに反論してきたのです。


 こんな大西を、見たことがありません。あんなに弱かった大西が「邪魔をしないでください!」と僕らを怒ってきたのです。


 大西は、ゆっくりと登ってきました。覚えたての技術を駆使して、途中で岩場にハーケンを打ちつけました。そこにザイルを引っかけてビレーを増やし、一歩一歩僕らに近づいてきたのです。


 途中で足を滑らせて、何度も宙吊りになります。腕もピクピクと痙攣しており、登り始めてから30分が経過しています。それでもあきらめずにがんばり、最後まで登り切ったのです。


 「大西、お疲れさん!よくやったな!」


 自然発生的に、拍手が生まれました。全員が手を叩いて喜び、感極まったのか、大西が泣き始めたのです。


 大西には根性があります。そしてその根性は、この合宿を通じて得られたものでしょう。性格も明るくなっていますし、成長した大西の姿を見ると、先輩の僕らも泣けてくるのです。


 「泣くな、大西!このタオルで顔拭け!」


 「ありがとうございます、バスコさん。僕の泣く姿なんて、南大門さんには見せられないですよ……」


 また出た、南大門!いい雰囲気やったのに台なしやわ!もうファイナル南大門にしてくれ、これを!


 松山さんも登り切り、時刻は12時をまわりました。


 源頭はもう、目と鼻の先です。ここからは米子沢名物「大ナメ」です。


 グランドフィナーレを飾るこの大ナメは、源頭に向かって、延々とナメが続いています。ナメに陽光が降りそそぎ、沢全体が光をたたえているかのようなのです。


 岸辺には、無数の蓮が葉を広げて水面を覆っています。沢全体が放つ荘厳な空気は、霊気としか言いようがないほど張り詰めているのです。


 神林リーダーを先頭に、僕らは光の中を歩きました。


 「みなさん、集合写真を撮りましょうよ!」


 撮影係の大西が言いました。


 そしてこの写真は、僕の探検部における、最後の記念写真となったのです。



 僕らは無事、合宿を終了しました。


 源頭に到着し、下山しました。その日の夜に現地で打ち上げを行い、翌日の夜に大学に戻ってきて、解散しました。



 合宿を終えて、4日後のことです。


 僕は部の仲間に別れのあいさつをして、探検部を去ることになりました。


 荷物をまとめて部室を出ようとしたところ、大西が僕に話しかけてきました。


 「バスコさん、短いあいだでしたけど、ありがとうございました」


 「元気でな、大西」


 「はい。またいつか、下ネタしりとりしましょうね」


 「そうやな」


 「これ、こないだの合宿の集合写真です。持っていってください」


 「……ありがとう」


 「今度、南大門さんと食事をするんですけどバスコさんも一緒に来ませ……」


 「いや、それはやめとくわ。じゃあな」


 僕は部室を出ました。階段を下り始めたところ、途中の踊り場で、授業を終えて戻ってきた神林と出くわしたのです。


 いろいろあったとはいえ、神林との戦いは、今となっては思い出です。もう迷惑をかけられることもありません。僕は最後に、お礼を言って別れることにしました。


 「神林さん、僕、探検部をやめてきました」


 「……そうか」


 「今までありがとうございました」


 「いや、俺もやめんねん」


 はっ?はっ?


 「俺も体力強化合宿がイヤやからやめんねん」


 お前じゃあCLとか引き受けんなよ!お前の今後を考えて松山さんがリーダーに抜擢したのに、やめるんやったら何の意味もなかったやんけ!俺らは遭難損やったやんけ!


 死ね!陽子も一緒に死ね!関係ないけど南大門も巻き添えにして死ね!!!