大学のサークル選びは死ぬほど考えるべきではないか?の考察~3日目~(パソコン読者用)
※2008年・5月1日の記事を再々編集
「おい、神林がおらんやんけ!」
山川さんを中心に、上級生が声を荒げました。
6時10分をすぎても、神林は戻ってきません。裏山中を探してもおらず、当時は、携帯電話もあまり普及していません。連絡のしようがないのです。
そこで今回は、「大学のサークル選びは死ぬほど考えるべきではないか?」の考察~3日目~です。
僕には、神林が脱走したという確信がありました。
神林は、僕と同じ法学部です。4時限目が始まる前に校舎ですれ違ったとき、あきらかに挙動不審だったのです。
神林は普段から急に独り言を言ったり、思い出し笑いをしたりと、おかしいです。先ほどすれ違ったときは、視線を宙にさまよわせ、普段以上にぶつぶつ言いながら、校舎を斜めに歩いていたのです。
僕の予感は的中していました。部室に置いてあった、神林の荷物がなくなっているのが確認されたのです。
当時は、漫画喫茶などありません。神林は友達が少ないことから、友達の家にかくまってもらっている可能性も低いです。
神林の実家は、この大学から30分足らずのところにあります。実家に帰っていると推測し、山川さんと、班のリーダーである桜木さんが連れ戻しに行くことになりました。
正直、僕も逃げようとは思いました。
毎年、何人か脱走するという話は聞いています。何度も逃げ出すことを考えたのですが、班の仲間に迷惑がかかることから、さすがにできないのです。
なのに神林は逃げた……。仲間にペナルティーが課せられるのもおかまいなしに逃げた……。
神林に、殺意にも似た怒りを覚えました。
同時に、前日よりも増える砂への恐怖に、体が震えてきました。
カレーのいい匂いがしても、「ヒ素でも入ってたらいいのにな……」と考えるなど、現実を直視できません。ところがそんな僕のことなど露知らず、近くで合宿している忍者が「ニンニンニンニン!」と叫びながら裏山を通過し始めたのです。
もう何なん、お前ら!頼むから空気読んでくれよ!
「ニンニンニンニン!ニンニンニンニン!」
やかましいわ!走りながらニンニン言うな!
「おー!探検部殿のところから、カレーのいい匂いがしてるでござるな!」
ござるってなんやねん!忍者は別にござるとか言わへんよ!
「ござる!」
「ござるござる!」
「ゴザル!」
外人がおった!留学生が楽しそうにはしゃいでやがった!
「ニンニンでゴザル!ニンニンでゴザル!」
何してんねんお前、日本に来て!「忍者留学」とか聞いたことないぞ!
「イガニンニハ、マケタクナイ!」
ごめん、イガニンって何!?伊賀忍者の略なんやろうけど、外人でこんなん言う奴たまらんねんけど!?
僕らの前を通過する忍者は、ひたすらワケのわからない話をしています。おかしな奴が多すぎて、見ているだけで疲れてくるのです。
忍者がいなくなり、しばらくして、沢口さんが声を荒げました。
「お前ら、俺らのことなめてないか?」
テントの前で立ち尽くす僕らを、沢口さんはニラみつけます。
「お前、なめてるやろ?」
「お前も、俺らをなめてるんやろ?」
顔面に血管を浮かせて、順番に訊いて回ります。僕らが「なめてません」と返すと、「じゃあ、これはなんやねん!?」と叫んで、あるものを地面に叩きつけたのです。
それは、ペニスの形をした木彫りでした。
この中の誰かが装備品のナイフで作ったらしく、「これ作ったん誰や?お前か?」と言って、順番に見せてきたのです。
この木彫りのペニスは、めちゃくちゃリアルです。尿道の切れ目といいカリといい、岡本太郎が気まぐれで作ったかのような怪作。至近距離で見せられるとたまらず、僕を含めた何人かが噴き出してしまったのです。
「笑うな!殺すぞ!」
案の定、沢口さんにキレられました。
ただ、「私が作りました!」と名乗り出た金山さんという人が、このペニスを装着しそうな、原住民丸出しの顔をしているのです。
金山さんは、この4月にワンダーフォーゲル部から転部してきた、3年生の新入りです。すさまじい雪焼けをしており、顔の色とペニスの色とがリンクして、二重でおかしいのです。
その結果、僕はさらに噴き出してしまいました。「なめてんのか、お前!」と、沢口さんにビンタされたのです。
僕の班と金山さんのいる班は、晩ご飯は抜きになりました。みんながカレーを食べるのを尻目に立たされ、砂も3キロ増やされることになったのです。
最悪や……。46キロやんけ、明日……。
僕の班は、シャワーを浴びることも禁止されました。汗臭いまま、シンポジウムが行われる部室に移動したのです。
時刻は7時30分をまわりました。
沢口さんから、カヌーをするときの心構えを説明されます。僕は、翌日の歩荷を考えると不安で頭に入ってこなかったのですが、しばらくして、山川さんと桜木さんが戻ってきたのです。
2人の後ろには神林がいます。予想通り神林は家に戻っており、強制的に連れ戻されたのです。
思わず、神林に殴りかかろうとする自分がいました。
諸悪の根源はこいつなので、我慢なりません。
ただ、NASAに捕らえられた宇宙人のように両腕をつかまれて帰ってきたため、どこか哀れに思えました。
「すいませんでした!」
神林は、泣いて土下座をしてきました。その姿が情けなさすぎて、怒りが萎えてしまったのです。
ですが、謝罪する神林の口がカレー臭いです。こいつのせいで僕はカレーを食べれなかったのに、こいつは家でカレーを食べてきやがったのです。
腹立つわ、こいつ!こっちは腹ペコやのに!
「ごめんなさい!ほんまにごめんなさい!」
カレー臭いねん、お前!ククレを食った責任取って首くくれ!
それでも、怒ったところで仕方がありません。
「もう絶対に逃げんなよ、あんた!」
僕は、ため口で注意することで自分を納得させました。神林も、「ほんまにごめん。明日からはちゃんとがんばるから」と頭を下げてきたので、今回だけは許してあげることにしました。
「お前ら、気を引き締めていけよ!今度こんなことがあったら許さんからな!」
下級生たちに、山川さんが怒声を浴びせてきました。ブルーな気持ちを引きずりながら、シンポジウムを終えた僕らは裏山に戻りました。
テントに入り、僕は横になりました。
すると隣の神林の足がまた、昨日にも増して臭いのです。「陸軍の人?」というぐらい、シャワーを浴びていないことからも猟奇的に臭いのです。
何個欠点あんねん、お前!毎日寺子屋に通え、お前みたいな奴!
「神林さん、足の匂い、なんとかなりません?」
「えっ?」
「足の匂い、なんとかなりませんかね?」
「えっ?」
「足が臭いんですよ、あんた!」
「人間だもの」
相田みつをか!何をかっこよく言ってくれとんねん!
「ニンニンニンニン!ニンニンニンニン!」
忍者が出てきた!こんな時間に遊んでやがった!
「ニンニンニンニン!ニンニンニンニン!」
ニンニンやないねん!静かにせいや、こんな時間やねんから!
「ニンニンニンニン!レジェニンが来られたぞ!」
はっ?はっ?
「裏山の入り口までレジェニンを迎えに行くぞ!」
はっ?はっ?
「急げ!レジェニンが来られた!」
レジェンド忍者ってこと!?レジェニンってレジェンド忍者のことなん!?
「レジェンドのOB忍者が参上された!」
OB忍者ってなんやねん!OB忍者!?なんや、「おそろしくバカな忍者」の略か!?
僕は、神林の足の匂いと忍者が気になって眠れません。お腹も空いていますし、なにより翌日のことを考えると怖くて怖くて、寝られたものではないのです。
自分のいるこのテントが、防空壕のように思えました。
一歩外に出れば、そこは戦場と同じ。僕は目を閉じて、「2日後には終戦なんや!」と自分に言い聞かせました。眠っては恐怖で目が覚めるのをくり返し、防空壕に身を潜め続けたのです。
やがて、朝がやってきました。
「起きんかい!いつまで寝とんじゃ、お前ら!」
山川さんの怒声が朝を告げました。
僕は前日の疲労が残ったままです。
とはいえ、つらいのはみんな同じです。このあと外で円になって朝ご飯を食べたときも、誰しもの精神状態を投影するかのように、恐ろしいまでに閑散としているのです。
話す者など、誰ひとりとしていません。暗闇の中に、アルミ皿にスプーンが当たる音だけが鳴り響いているのです。
つらいのは俺だけじゃないんや……。みんな俺と同じなんや……。
僕はこの沈黙を、仲間からの無言のメッセージと解釈しました。無理にでも自分を奮い立たせたのです。
食事を終えて、僕らは身支度を整えました。
各班ごとに整列し、それを見た山川さんが叫びました。
「よっしゃ!じゃあリュックを担げ!」
かけ声と同時に、下級生たちがリュックを担ぎ始めました。
僕は奮い立ったものの、体まで強くなるわけではありません。前日同様、ベルトに片手を通すところまではできても、そこから先が上がらないのです。
昨日は担げなかった奴も、今日は担げています。気がつくと、僕だけが取り残されていたのです。
「おいおい、お前は今日も担げんのか!?」
山川さんを中心に、上級生から罵声を浴びせられました。さらし者とはまさにこのこと、40以上もの瞳が僕ひとりを見つめています。
僕を見つめるたくさんの目は、前日同様、血が通っていません。蔑み、愉快といった負の感情を伴ったものばかりで、砂の重み以上に僕の心に圧しかかってきます。
結局、この日もサポーターの女性に助けてもらって担ぎました。僕は辱めを受けたことよりも、人間の本質的な心の汚さを知ったことのほうがショックで、前日以上に胸がむかむかしました。
「じゃあ出発するからな!」
山川さんの号令のもと、僕らは出発しました。
時刻は5時。裏山を下りて、校内を進みます。
今日は雨は降っていません。視界は見えやすいものの、蒸し暑くて体力を奪われます。
昨日にも増して重くなった砂も、半端ではありません。昨日が「デブの幽霊」なら、今日は「小さい弟、5人を背負って授業に出る戦争孤児」といった感じ。自分との戦いで精一杯なのですが、僕の隣を歩く神林がムダ口を叩いてくるのです。
「バスコ、昨日は逃げてごめんな」
「……」
「昨日はごめんな」
「いや、もういいですよ」
「えっ?」
「気にしてないんで、もういいです!」
「えっ?」
気にするわ、やっぱり!うざすぎてもう気にしだしたわ、俺!
「神林さん、しんどいから、話しかけてくるんはやめてもらえません?」
「なんでしんどいの?」
お前がおるからや!お前と一緒やと、たとえ楽園におってもずっと風邪引いてる感じやねん!
10分ほど歩いて、大学を出ました。
ここからは、民家のあいだを進みます。昨日とは違うルートで、山川さんは、あえてアップダウンの激しい道を選んでいるのです。
僕の班は現在、最後尾。同期の河井に体力がないことから、サポーターの女性とともに1番後ろを歩いていたのですが、神林が「小便をしたい!」と言いだしたのです。
休憩時間以外でのトイレは禁止されています。幸いにも、近くに3、4年生はいません。サポーターの指示で、バレないように近くのミゾで用を足すことになったのですが、ズボンを下ろして用を足し始めるやいなや、背中の重みで後ろに倒れたんですよ。
チンチン出しながら後ろに倒れたんですよ!しかも焦って自分を見失い、その状態で普通に小便出し続けてるんですよ!
要介護6か、お前!どれだけ俺らに迷惑かけたら気が済むねん!
「バスコ、どうしたらいい?」
死んでくれ!今すぐに自害という選択肢を取ってくれ!
「とりあえず手貸してくれ!」
お前もとりあえずズボン上げてくれ!ていうかもうリュック下ろせや!上級生も見てないし、リョックさえ下ろせば自分でなんとかできるやろ!
このように、やることなすことがおかしいです。その都度迷惑をかけられるなど、神林と一緒にいるだけで異常なまでに疲れるのです。
神林が戻り、僕らは再び歩き始めました。前の班に置いていかれたことから、沢口さんがきて、僕らは急がされました。
30分近く、民家の周りをグルグルと歩かされました。すでに体は限界なのですが、全員が大きな道路の前にやってきたのを見て、山川さんが叫びました。
「お前ら、この歩道橋を上れ!」
勘弁してくれよ、おい!ほとんど直角やんけ、この歩道橋!
「手すりは禁止や!」
ムチャ言うなよ!こんなもん、ババアが双子を出産するなみにしんどいわ!
それでも、文句など言えるはずがありません。
7メートルはあろうかという歩道橋を、1人ずつ上っていきます。僕の番がきたので足をかけたところ、きつすぎて、少し上っただけで止まってしまいます。
止まると傾斜で腰に全体重がかかり、それはそれでしんどいです。転げ落ちそうになる奴などザラで、なかには、「あうー!」と叫んでいる奴までいます。
僕は数段上っては止まり、数段上っては止まりをくり返しながら、ゆっくりと足を運びました。そしてがんばって上り切り、少し歩いて、近くのお寺に到着したのです。
お寺の下の駐車場で、休憩を取ることになりました。
僕は、ポリタンクのポカリをガブ飲みしました。僕は前日同様、リュックを下ろせません。せめてノドだけは潤そうと、班の仲間のことなど無視してガンガンに飲みました。
休憩中、壁にもたれて、仲間のぐったりしている姿を見ました。
倒れ込んでいる者、池に頭をつけている者……。誰もが満身創痍で、同期の林に至っては、仰向けになって口から泡を吹いているのです。
サポーターの女性がチョコレートを配ってくれました。近くの池でタオルに水を含ませて顔にかけてくれたので、少し癒されました。
ところが休憩を終えてお寺の境内に移動することになった際、山川さんが「境内に至る大階段を上れ!」と言うのです。
いやいや、無理無理!戸愚呂弟じゃないと無理!
えげつない階段なんですよ、これ。傾斜は歩道橋よりかはましなものの、100段以上もあるのです。
「1人ずつ上っていけ!前の奴が真ん中まで上ったら次の奴が上れ!」
山川さんの号令で、地獄の階段上りがスタートしました。
自分の番がくるまでは、階段の下でかけ声をします。
声を出す元気はもうなく、同期の平田なんて、泣きじゃくっています。「お代官様!」と言わんばかりに沢口さんにしがみついて、「もう許してください!」を連呼しているのです。
上り始めた僕も、「いっそのこと下に転がって死にたい……」と、本気で考えました。体だけではなく、細胞自体が痛く感じられて、足が前に進みません。半泣きになって上っていたのですが、僕の後ろから「れい!れい!れい!」と叫びながら神林がやってきたのです。
静かにせいや、お前!そもそも上ってる奴はかけ声せんでええねん!
「れいれれい!れいれれい!れいれれい!」
狂犬病か、お前!こんなん言う奴、脳が悪いウイルスに犯されてるとしか思えん!
「バスコ、がんば!れいれれい!れいれれい!」
すれ違いざまに言うな!お前に話しかけられたら一気に疲れんねん!
「ニンニンニンニン!ニンニンニンニン!」
忍者が現れやがった!同じ場所でトレーニングしてやがった!
「速すぎますよ、レジェニン!」
レジェニンが出た!で、よく見たらレジェニン、40すぎのオッサンやねんけど!?平日に仕事休んでまでこんなことしててドン引きやねんけど!?
それでも、僕は死力を尽くしました。疲労からくる腰痛に顔を歪めながらも、なんとか上り切ったのです。
15分ほど境内を歩いて、そのまま大学に戻ることになりました。
帰りは前日にも増してフラフラ。石どころか、じゃりでつまづきそうなぐらい、足元はおぼつきません。「お前、下がってないか?」というぐらい、歩くのが遅かったですから。
もといた裏山に到着し、ようやく3日目の歩荷が終了です。
幸いにも、テント設営は河井とです。この日は難なくクリアしました。
時刻は9時をまわりました。
テントの中で休憩していると、探検部OBの富岡さんという人がやってきました。授業に出ている者以外はテントの前に集合させられ、富岡さんがあいさつすることになりました。
富岡さんは、めちゃくちゃ熱いです。
「お前ら、この合宿だけは絶対に手を抜くなよ!」
このように声を張り上げ、「おい、そこのお前。探検と冒険の違いを言ってみろ?」と、ワケのわからないことを訊いてきたのです。
なんやねん、探検と冒険の違いって!こんなもん、漢字が違うだけやろ!
すると、ペニスの木彫りを作った金山さんが、僕の心を見透かしたかのように「漢字が違います!」と答えやがったのです。
「ふざけんな、お前!」
富岡さんが怒鳴り、空気が張り詰めました。
金山さんは、自分が元ワンゲルで体力に自信があるのをいいことに、ちょいちょい仲間を窮地に陥れようとしてきます。歩荷中に股間を触ってきたり、シンポジウム中に妙な落書きを見せてきたりと、いたずらばっかりしてくるんですね。
「今年の新人は、えらい肝っ玉の座った奴がおるな!」
こう言って富岡さんは笑ったものの、目は笑っていません。そして、空気の悪さに追い打ちをかけるかのように、山川さんが「お前ら、富岡さんの前で探検部奨励歌を歌え!」と命令してきたのです。
この奨励歌は、探検部に代々伝わる部歌です。この合宿までに、歌詞を覚えてくるよう命令されていたのですが、歌詞が4番まであるため、うろ覚えなのです。
僕は列の1番後ろにいるのをいいことに、適当に歌いました。「♪健児が翔ける自治の山」という歌詞に、「♪健児がはらそらきちの山!」と口ずさみ、知っているところだけは得意げに、「♪熱き血潮の若き夢!」と声を張り上げました。
ですが、上には上がいます。神林です。
「♪田舎の空気はおいしいな~!」
このような妙な歌詞を勝手に創作し、途中から、「♪フーフフ、フフーフフ、フフフーフフ!」と、ハミングを口ずさみやがったのです。
ハミングすんなよ、お前!歌詞知らんことバレバレやろ!
「♪湖キレイで泳ぎたい~!」
そんな歌詞ないわ!そんなのん気な歌詞あるか、ボケ!
「♪フーフフ、フフーフフ、もう5月!」
それなんやねん、おい!『1年の速さを憂う歌』とかと違うわ、この歌!ていうかハミングで突っ切れよ、そこはもう!余計に怪しいやろが!
正直、いつバレるかとヒヤヒヤだったのですが、2人して後方にいたおかげでバレませんでした。
奨励歌終わりで、僕は授業のために裏山をあとにしました。この日は授業が4つもあったので助かりました。
5時限目を終えて、僕は裏山に戻りました。
時刻は夕方の6時をまわっています。テントの前に全員が集合し、山川さんが点呼を取り始めたのですが、同期の平田がいません。
前日の神林同様、6時10分を過ぎても戻ってきません。荷物がないことから、脱走したと結論づけられたのです。
ですが正直、これはうれしかったです。
平田の班は、金山さんのいる班です。ペニスの木彫り事件と、漢字が違います発言で、僕の班以上の砂を背負わされることになるでしょう。リュックを担ぐのに苦労していた林もいるので、明日の朝は、僕のように担げない可能性が高いのです。
立たされる金山さんたちを尻目に、富岡さんが差し入れで持ってきてくれたイノシシの肉もおいしいです。しかも、平田は下宿先に行っても見つからず、金山さんの班は、1年生も5キロのペナルティーを課されることになったのです。
よっしゃ、これで林は間違いなくリュックを担がれへん!明日恥をかくんは俺だけじゃないんや!
僕は鼻歌まじりにシャワーを浴びました。
「あと2日やし、みんながんばろうや!」
こう言って仲間を励ますなど、俄然、テンションが上がってきたのです。
ところがです。
シンポジウムのために部室に移動したところ、先ほどまでいた神林がいません。荷物はあるものの、いくら待っても部室にこないのです。
あの野郎……。また逃げやがった……。
この瞬間、増えるであろう背中の弟たちを想像して、「母さん、ごめん。俺には弟たちの世話は無理やわ」と天を仰ぐ自分がいました。
4日目に続く……。