ピーク時の居酒屋の厨房はどれだけごった返しているか?の考察・後編(携帯読者用)
※2009年・4月16日の記事を再編集
「すいません!洗浄機が壊れました!」
勘弁してくれよ、おい!何個壊したら気が済むねん!小沢一郎か!
僕は恐る恐る、洗い場に行きました。
洗浄機のスイッチを押したところ、動きません。部品をはめ直してみても、ピクリともしないのです。
そこで今回は、「ピーク時の居酒屋の厨房はどれだけごった返しているか?」の考察・後編です。
洗浄機が壊れたのは、阿部さんが乱暴に使いすぎたからでしょう。
ですが、文句を言っても仕方がありません。結局、今日は手洗いで乗り切ることになりました。
阿部さんが手で洗い、濡れた皿を、ホールの子が隣について布巾で拭きます。その結果、1人減ったホールは大混乱。厨房も料理を運んでもらうのが遅れ、なにより、前のトレーに料理を置けないのです。
最悪や……。なんてついてない日なんや……。
「パリーン!」
またかい!なんでお前は節目節目に皿割んねん!
「ガラガラガッシャーン!」
何枚割った、おい!ケガ人出るわ、もう!
不運は続きます。
「バスコサン、ボスガキマシタ!」
ボスというのは、とある宗教組織の偉いさんです。この近くに支部があり、新しい信者ができると、この店に来て歓迎会を開きます。べらぼうなオーダーをし、閉店時間を過ぎても居座ろうとするので、この状況において非常にたちの悪い客なのです。
「束ちゃん、ボスたちは何人おんの?」
「サンジュウニンハイマチュ!」
30人!?米米CLUBよりも多いの!?
案の定、ボスは来て早々、えげつない注文をしました。鳥のから揚げ10、サイコロステーキ10と、どぎつい注文を乱発したのです。
どれだけ食うねん、いきなり!帰還兵か!
「バスコ、天丼が15人前入るわ!準備しといてくれ!」
なんでいきなり米食うねん!もしかして、ほんまに米米CLUB!?「リアル米米CLUB」とかそういうことか!?
「田辺君、ボスたちの突きだし用にモヤシを炒めてちょうだい!」
自分で炒めろよ、お前!顔を痛めるんは得意なんやから!
時刻は8時30分を回りました。
ピークは、一向に収まる気配がありません。僕は田辺を手伝いながらオーダーをこなし、しばらくして、のれんをくぐったエクスプレスが僕にキレたのです。
「おい、バスコ!さっき帰った客、から揚げが生やから残してたぞ!」
北村や、それ!ドSの北村や、それ出したの!
「なめてんのか、お前!」
北村に言えや!ていうかもしかして、これもSMの続き!?これは精神的に追い詰めるタイプのSMなん!?
「お座敷、チョコパーッ!」
お前は黙れ!で、ジャクサーッみたいに言うな!
「ご新規、生ハムとモッツァレーラーのサーッ!」
意味わからん!原型が何かわからん、もう!
「ご新規、特製塩野サーッ!」
塩野菜や!「菜」は日本語やろ、おもいっきり!
「ホウレンサーのサーッ!サーーーーーッ!!!」
UMAやわ、もうこいつ!未確認生物やわ、こんなん言う奴!
「田辺君、モヤシ……」
モヤシモヤシうるさいねん!自分のヒゲを入れろ、お前はもう!
「阿部、トイレに行ってきます!」
勝手にせいや!ていうか、なんでいちいち自分の行動を報告してくんの、さっきから!?
「阿部、3分だけトイレに行ってきます!」
囚人か、お前!もしくは元受刑者か!「犯罪から足を洗うために洗い場で働く」とかそういうことか!?
「パリーン!」
誰もおらんのに割れた!主がいなくなったのに割れた!
「田辺君、モヤシ早くしてえな!」
「バスコさん、餃子を焦がしました!」
「ホッチキチュガアッタ!」
「阿部、トイレから戻りました!」
「ご請求、ワッフルアイサーッ!」
ええ加減にせいよ、コラ!もうええ加減にせいよ、お前ら!お前らマジでええ加減にせいヤーッ!
「パリーン!」
すべったやんけ!またすべったやんけ、俺!
僕は壊れました。こんな奴ら相手にマジメに働くのが、バカらしく思えてきたのです。
その空気は、次第に周囲にも伝染します。
オーダーが止まらず、なにより、エクスプレスが頻繁にカミナリを落とします。誰もがあきらめモードになり、それを証拠に、スイッチの入った佐々木がついに歌ったのです。
「♪すれ違って 抱き合って ここに来たー!」
出た、丘!ここにきて丘が流れた!
「♪俺はここにいるんだよー!この丘に立ってるんだよー!」
「パリーン!」
セッションすんな!洗い場が「皿」というパートを担当すんな!
「パリーン!パリパリーン!」
前に出すぎやねん、バックバンドのくせに!YOSHIKIか!
僕は、完全に開き直りました。
「みんな、もう開き直って歌でも歌おうぜ!」
店長がいないのをいいことに、全員で歌を歌うことにしたのです。
歌うのは、『学園天国』。ノリのいい曲なので、みんなで歌って厨房全体を鼓舞することにしたのです。
「じゃあ行くで!♪ヘーイヘイヘイヘーイヘーイ!」
「♪ヘーイヘイヘイヘーイヘーイ!」
「♪ヘーイヘイヘイヘーイヘーイ!」
「♪ヘーイヘイヘイヘーイヘーイ!」
「♪ヘーイ!」
「♪ヘーイ!」
「♪ヘーイ!」
「♪ヘーイ!」
「♪ヘーイ!」
「♪ヘイ!」
「♪ヘーイ!」
「♪ヘイ!」
「♪ヘーーーーーーーイ!!!」
「パリーン!」
セッションすんな、だから!セッションすんなよ、さっきから!
「パリーン、パリパリ、パーリン!」
ヘーイヘイヘイみたいに割んな!『皿割り天国』か、この歌!
時刻は9時を回りました。
ラストオーダーの11時まで、あと2時間。
ですが、オーダーの勢いが衰える気配はありません。ボスを中心とする団体客がオーダーのラッシュをくり返し、てんてこまいなのです。
なかでも、洗い場。
阿部さんはオッサンなので、スタミナがありません。引きもきらない皿の手洗いに、ハアハアと言っているのです。
それに比例して、割る皿の枚数も増えます。その結果、洗い場の近くで飲んでいた客が厨房に乱入し、阿部さんに「静かにせえ!」と直接文句を言ったのです。
どんなクレームやねん、これ!前代未聞やぞ、こんなクレーム!
「すいません!パリーン!」
もう笑うしかないわ!謝罪と同時に割るような奴、もう笑うしかないわ!
しばらくして、前田さんが僕にお願いしてきました。
「バスコ!鮭茶用の米を茶碗に入れてくれ!」
ご飯関係は、すべて揚げ場が担当します。オーブンが大釜で米を炊き、それを揚げ場にある炊飯器に移すのです。
僕は1時間ほど前に、佐々木に米を炊かせました。炊飯器の米が少なくなっていたことから、「佐々木、米を移してくれ!」とお願いしたところ、大釜のフタを開けた佐々木が僕に言ったのです。
「バスコ師匠!バスコ師匠!」
何が師匠じゃ、ボケ……。いちいちうざい奴やの……。
「すいません、釜にスイッチが入ってませんでした!」
なんでやねん、お前!お前、釜のスイッチ入れずに歌のスイッチ入れんなよ!
鮭茶の数は10を超えています。炊飯器を確認したところ、どう見ても足りません。しかも、揚げ場には天丼のオーダーが溜まっているのです。
そこで僕は一か八か、悪魔の作戦を決行することにしました。「お客さんに申し訳ない」と思いながらも、やったったのです。
「前田さん、酢飯を洗ってください!」
状況が状況だけに、これしか手がありません。寿司用の酢飯を、ザルで洗って使うしかないのです。すぐに釜にスイッチを入れたものの間に合うわけもなく、結局、鮭茶はおろか天丼でさえ、酢飯を洗った米を使いました。
天丼は酢飯をお湯で洗い、レンジで水分をとばして丼の下に敷きました。死ぬほどツユダクにして、ツユのせいで米が濡れている、という見せ方をしたのです。
ですが、不安で仕方がありません。クレームをつけられる可能性があるからです。
そこで、こっそりと束ちゃんを呼び、天丼を頼んだ客が「アホそうな奴かどうか」を見に行かせたところ、戻ってきた束ちゃんが僕に報告してきました。
「バスコサン、ダイジョウブデス!アホソウナヤツデス!」
助かった……。アホそうな奴で助かった……。
「アンナヤツニ、アジナンテワカリマセンヨ!」
言いすぎや!で、お前が言うな!日ごろ「ガストのハンバーグが世界で1番おいしい!」と感激してるお前が言うな!
時刻は9時30分を回りました。
まとまったオーダーこそ少なくなってきたものの、それでも忙しいです。休憩に行けないのはもちろんのこと、閉店作業もできません。そして、宴会の16名と40名の料理が終盤に差し掛かり、ネギトロ8人前と20人前を出すことになったのです。
忙しくなることを見越して、ネギトロは事前に巻き置きをしています。中身をラップにくるんであるので、あとはノリに載せて巻くだけ。前田さんが忙しかったことから、洗い場の横のスペースに田辺を行かせて、巻かせることにしました。
ところがです。
ネギトロを巻く田辺の頭上には、皿を載せる棚があります。その棚に阿部さんが皿を並べ始めたのですが、手をすべらして皿を割り、割れた破片がネギトロに付着したんですよ!
お前もう、刑務所に戻れ!ここまで割られたらもう、器物破損罪に問うわ!
「阿部、失礼しました!」
だから阿部とか言わんでいいねん!名乗らんでもお前ってわかってるわ!
「パリーン!」
パスします、このツッコミ!キリないんでもうパスです!
いずれにせよ、このネギトロは出せません。破片が付着したものだけではなく、周囲のネギトロも、万が一を考えて出せないのです。
ですが、そこは前田さんですよ。鼻がイタリアなだけはありますよ。ヨーロッパ気質で細かいことは気にせず、さすがに万年平社員だけのことはありますよ。
「バスコ、出そう!」
前田さんは破片が付いたネギトロを数本捨てて、残りを普通に出しました。目視で破片が付いていないことを確認して、「宴会お料理、お願いします!」と、何食わぬ顔で出しやがったのです。
10時になり、宴会用のデザートを出すことになりました。
16人と40人で、都合、56個のカボチャアイスを出します。ところが、16人の宴会がワンランク上の宴会料理だったらしく、デザートがパインシャーベットなのです。
パインシャーベットは、その宴会が予約されたときにだけ発注する、特別デザートです。めったに出すことはなく、16個きっちし、冷凍庫に入れてあるらしいのです。
やばい……。1個、食べてもうた……。
僕は2時間ほど前に、パインシャーベットを盗み食いしました。今日の宴会にパインシャーベットが入っていることを知らず、三口以上、口にしてしまったのです。
マジでやばい……。本気でシャレにならん……。
「パリーン!」
ツッコミ入れる気も起こらん……。全身からイヤな汗が流れてきた……。
前田さんは言いました。
「バスコ、かぼちゃ40とパイン16、すぐに出してくれ!」
笠木エクスプレスにバレたら、確実に轢殺されます。1番やってはいけないことなので、体をバラされてもおかしくないのです。
「前田さん、ちょっといいですか?」
焦った僕は、前田さんをこっそりと呼びました。大型冷蔵庫のドアで体を隠して、2人で緊急会議を開くことにしたのです。
「前田さんすいません、パイン、1個食べてもうたんですよ」
前田さんは目を吊り上げました。そして、「店長に正直に報告して、1つだけかぼちゃアイスに替えてもらう」と、柄にもない正義感をふりかざしやがったので、僕は言ってやったのです。
「だったら、さっきのネギトロのことをチクりますよ!」
鼻を折られたイタリアは、ビビりまくっています。
すると、そこはイタリアですよ。ヨーロッパ気質で細かいことは気にせず、さすがに手取り20万切ってるだけのことはありますよ。
「中に水を入れて固めて、上部を氷にしよう!」
パインシャーベットは、実物のパインをシャーベットにしています。僕が食べた部分に水を入れ、それを冷凍庫で固めてごまかすのです。
仮にクレームをつけられても、「冷凍庫の水分が多すぎて上部が氷になってました!」と言い訳がききます。あとは店長にバレないように束ちゃんに持って行かせればよく、僕は指示通り、水を入れて冷凍庫に入れました。そして、束ちゃんに宴会客をリサーチに行かせ、頭の悪そうな奴を1人、探させたのです。
「バスコサン、ヒトリ、アホソウナヤツガイマシタ!」
助かった……。アホそうな奴がいて助かった……。
「ソノヒト、ヨッパラッテマチュワ!ナニヲイッチェルカ、ワカラガイデチュ!」
お前もや!お前も何言ってるかわからんねん!
「ナニヲイッチェルカジェンジェンワカラガイデチュ!」
だからお前もやねん!ついでに言うとお前は素性もわからんねん!中国から来て、日本の服飾の専門学校に通ってるお前はまったく素性がわからんねん!
ですが、水が氷になるまで、時間がかかります。業務用の冷凍庫とはいえ、最低20分はたたないと氷にはならず、時間を稼がなければならないのです。
そこで、僕は店長に言ってやりました。
「店長、パインシャーベットが固すぎて、スプーンが入らないです!固いとお客様に迷惑がかかるので、しばらく常温で溶かしますわ!で、できればオーダーも溜まっているんで、デザートはあとにしてもらえませんか?」
「……わかった」
ハア、助かった……。なんとか生きながらえた……。
時刻は10時15分を回りました。
冷凍庫を確認したところ、水も固まり始めています。オーダーも落ち着き始め、ここにきて初めて、歯車が噛み合い出したのです。
ところが、白井さんが「帰るわ!」と言います。
白井さんは10時上がりです。「オーダーも落ち着いたから」と言って、エプロンをはずし始めたのです。
「白井さん、状況を考えてくださいよ!だいたい、閉店作業を一切してないでしょ?棚卸しもしてないし、残される僕らのことも考えてくださいよ!」
「無理無理!もう限界!」
俺も限界じゃ、ボケ!俺はお前の何倍も働いとんねん!
「ご宴会デザーツ、かぼちゃアイサーッ!」
デザートや!で、かぼちゃアイス出すなよ!かぼちゃ出したら、店長が「そろそろパインも出してくれ!」って言うやろが!
段々とイライラしてきましたよ。
結局、白井さんは言うことを聞かず、そそくさと帰りました。
しかも、佐々木が「自分も帰る」と言います。
佐々木も10時上がりです。「急ぎの用事があるから」と言って、帰ろうとしたのです。
本気でイラついてきましたよ。茶碗蒸しを倒されたこと、炊飯器のスイッチを入れ忘れられたことなど、今までのむかつきが急に思い出されたのです。
怒る僕に、佐々木は言います。
「今からライブがあるんですよ!」
これ、ウソなんですよ。こんな時間からライブがあるはずもなく、僕を笑わせようとしているのです。
「お前、くだらんことを言うな。じゃあ訊くわ、今からどこでライブがあんねん?俺、バイトが終わったら観に行ったるわ、どこでライブやるか言ってみろ?」
「そこの歩道橋です」
路上かい!ちょっと待って、路上なん!?ライブあるって、路上ライブのこと!?
「今日はライブなんですよ」
ライブあるなんて言い方せんぞ、それ普通!カッコよく言うなよ!
「ファンに申し訳ないんで!」
見てる奴をファンなんて言わんよ!で、見てる奴は、丘の歌詞が気持ち悪くて好奇心で足止めてるだけや!
僕の怒りは頂点に達しました。
「なめてんのか、お前!」
こう叫んで、佐々木にビンタをしました。いろいろな感情が入り混じって、ついに手を出してしまったのです。
前田さんが来て、僕は体を抑えられました。佐々木は驚いているものの、「怒らないでくださいよ、バスコちゃん!」と、僕をちゃん呼ばわりしやがったのです。
「お前、ほんまにどつき回すぞ!!!」
僕は声を荒げ、前田さんの制止を振り切って佐々木のお尻を蹴り倒したのですが、勢い余って長靴が飛んで行ったんですよ!
めちゃくちゃかっこ悪いやんけ、俺!で、俺は自分で長靴拾いに行ったやんけ!誰かが拾ってくれると思ってたら誰も拾ってくれへんかったやんけ!
結局、騒ぎを聞きつけた店長にいさめられ、僕は平静を取り戻しました。
佐々木は11時まで働くことになり、厨房内にイヤな空気が流れました。パインシャーベットこそなんとかなったものの、僕は終始、カッカしていました。
時刻は11時になりました。
「ラストオーダーガシュウリョウチマチタ!オツカレサマデチタ!」
ようやく、営業終了です。
佐々木は帰り、前田さんは売り上げの整理をしに、休憩室に行きました。残されたのは僕、阿部さん、田辺、玉井の4名なのです。
最悪や……。1番残ったら困る3人が残ったやんけ……。で、俺は揚げ場だけじゃなくて、オーブンと一品の閉店作業もしないとあかんやんけ……。洗浄機も壊れてるしよ……。
不運は不運を呼びます。11時半になり、今度は阿部さんが「帰る」と言い出したのです。
阿部さんは11時上がりです。11時半まで残ってもらったものの、「終電があるから」と言って聞きません。
僕は、店長が車で来ているのを知っています。
「バイトが終わったら、店長に車で阿部さんの家まで送ってもらうんで、最後まで残ってください!」
僕がお願いしたところ、阿部さんはこう答えました。
「いやあの、母が病気なんです!」
何言ってんねん、お前!ウソつくんやったら、もっとましなウソつけよ!
「何の病気なんですか?」
「心臓の病気です!パリーン!」
お前が原因やぞ、母親の病気!そりゃ体も壊すわ、こんなに壊すような奴が息子やったら!
「阿部、帰ります!」
帰れ!もういらん、お前みたいな奴!
時刻は深夜0時になりました。
開き直った店長は、ここにきて休憩を回し始めました。
休憩は15分です。僕は休憩室に行き、束ちゃんと愚痴を言い合いながら、タバコを吸いました。
0時30分を回り、僕の閉店作業が終わりました。
ですが、玉井と田辺は終わりません。田辺に至っては、まだ棚卸しをしています。仕方なく、僕が洗い場に入ることにしたのですが、溜まった皿の量が殺人的なのです。
併設された皿置き場に、鉄板100枚、小皿が200枚と、ピーク時の防空壕なみにひしめきあっています。あまりの量に、どこから手をつけたらいいかわからないのです。
僕は、シンクの中に手を入れました。
すると、中の皿がほとんど割れています。危険を感じた僕はシンクの栓を抜いて見たところ、あらゆる皿がどこかしら欠けているのです。
どんな洗い方してん、あいつ!「死ンク」やんけ、ここ!
しばらくして、溜まったゴミを外に捨てに行くことになりました。
普段は、カウンターのゴミも一緒に捨てに行きます。ですが現在、カウンターには北村さんがいます。SMを思い出して無視しようと思ったのですが、結局、一緒に捨ててあげることにしました。
「北村さん、ゴミあります?」
「助かるわ!ただ、袋からガラスの破片が出てるから!」
SMやんけ、だから!なんでお前は俺を虐げようとすんねん!
「ケガをしないように気をつけるんだよ!」
ツンデレかい!それもある意味、SMやろ!
僕は納得が行かないながらも、ゴミを捨てに行きました。
ゴミを捨て終えた僕は、洗い場に入りました。
すると、閉店作業を終えた田辺が、僕のところに来たのです。
「バスコさん、今日は本当にすいませんでした!」
見ると、目に涙を浮かべています。
田辺はマジメな男です。泣きながら、「助けてくれて、ありがとうございました!」と、僕にお礼を言ってきたのです。
田辺は続けます。
「僕、悔しいんです。店長に怒られて悔しいんです。だから、やめたくないんです」
思わず、ほろっときましたよ。
田辺は、まだ19歳です。社会に出て仕事をするのは初めてで、戸惑うのは仕方がありません。僕も最初はそうだったのです。誰もがそうで、仕事ができないのは当たり前なんですね。
「よっしゃ!じゃあ、俺が仕事を教えたろ!怖いから覚悟しとけよ!」
玉井も加わり、3人して洗い場を片付けました。僕の代わりに田辺が皿を洗ってくれることになり、僕と玉井は皿を運びました。
この日、田辺が僕に言った言葉を、僕は死ぬまで忘れません。
「バスコさん、僕に洗い場をやらせてください!」
こう自ら名乗りを上げた心の強さを、今でも尊敬しています。
僕らは互いを励ましながら、厨房内を駆け回りました。
そして、午前2時。
ついに、長かった戦いが終わりを告げました。実に9時間ものあいだ、僕らは働き続けたのです。
売り上げは100万円を超えました。
誰もが満身創痍で、休憩室でヘタり込み、健闘を称え合います。店長がジュースをごちそうしてくれ、開き直った僕らは、残ったメンバーでボーリングに行きました。
ですが、田辺はヘタでした。「どこまで要領悪いの?」というぐらい、ガターを連発したのです。
その後、田辺は腕を磨きました。
店長にお願いして、毎日のようにバイトに入りました。僕に怒られてもめげずにがんばり、僕がバイトをやめたあとも、働き続けたのです。
ちなみに阿部さんは、その後も皿を割り続けたため、バイトをクビになりました。
佐々木も、僕との件でいづらくなったのでしょう。年内いっぱいで、店を去ったのです。
その日から、8年後。
先日、数年ぶりに当時の仲間と語り合った僕は、お酒が止まりませんでした。
いつになく饒舌で、その日のことが昨日のことのように思い出されました。
「久しぶりに『丘』を聴きたくなってきたわ!」
「センチョウ、イマ、ナニシテルンデチュカネ?」
このように、バイトの話で持ち切りだったのです。
長居しすぎて、日付けが変わりました。店に最後まで残っていた僕らは、そろそろ帰ることにしました。
この店は、僕らのバイト先だった居酒屋と、同じチェーン店です。関西のチェーン店の中でも売り上げ1、2を争う、それはもう、すばらしいお店です。料理を出すのも速く、出された料理はすべて、ぴしっとしています。
レジの前に来た僕らに、店長さんが言いました。
「お会計は結構です。私がごちそうしておきます」
人生とは、本当にわかりません。どれだけ要領が悪くとも、がんばった奴は、不思議と成功するのです。努力した分だけ、必ず結果が出るのです。
僕らにごちそうしてくれた店長。
そいつはサイコロステーキを8つ同時に焼き、ボーリングで200を叩き出す男。
その名は「田辺」といいます。