オバハン連中と行く山登りはどれだけ大変か?の考察~8合目⇒頂上編~(パソコン読者用)
※2009年・9月9日の記事を再編集
「2人ともお疲れさん!大変やったやろ?」
近づいてくるケンシロウと僕の母親に、クレヨンは声をかけました。
「大変やったわ!」
「もう、くたくた!」
「体がくたくたになる。それが、山や」
…………なんやねん、それ!名言風に言ったけど、よく考えたら普通のこと言ってるやんけ!
「それこそが、山や」
どう思われたいねん、お前!全然かっこよくないねん、さっきから!
僕とオッサン2人は、土に直接、腰を下ろしています。クレヨンは自分のリュックをどけ、「ここ座れ、ここ座れ!」と言って座る場所を手ではらったのですが、そこも土なのです。
土はらってもそこは土やろ、お前!はらったところで何もキレイにならんやろ!
「ここ座れ!遠慮はいらん、この土に座れ!」
土って言うてもうてるやんけ、もう!お前、何をいい場所紹介したったみたいな言い方してくれとんねん!
「ヨウカン、食べる?」
いきなりかい!とりあえず「何か飲む?」とか訊けよ!息が切れてるこの状態で、いきなりヨウカン食う奴なんておるわけないやろ!
「ちょうだい!」
おった!目の前におった!
「うちもちょうだい!」
2人ともやった!2人とも異常者やった!
「全部ちょうだいや!」
勝手なこと言うな!マッカーサーか!
クレヨンは、ケンシロウと僕の母親にヨウカンを手渡しました。
2人は飲み物も飲まずに、すぐにそれをほおばります。オバハンに口がパサパサかどうかなんて関係ないんですね。
ケンシロウは、Tシャツのそでを肩までたくし上げています。意外にも脇毛は生えていなかったのですが、ヨウカンをつかむその二の腕が、ライト級のボクサーなみに太いのです。
どこの地下プロレス出身やねん、お前!京極夏彦の文庫本ぐらい太いやんけ、その腕!
「バリうまい、このヨウカン」
バリて、おい!女やのにバリとか言うの!?俺、初めて出会ってんけどバリとか言う女に!?
「たけちゃん、何か飲み物ない?」
ペットボトルは!?1・5リットルを2本持ってきてたけど、それはどうなった!?
「や、山本さん、持ってきた2本のジュースは?」
「さっきなくなった」
往路やんな!?念のために訊くけど、たしかまだ往路やったやんな!?
「ノドが乾きすぎてゴクゴク行ってもうた」
行ってもうたやあるか、お前!4時間半で3リットルって、それはもう水分補給の意味合いを超えてもうてるぞ!逆に「加水症状」とかになるぞ!
僕のジュースがほとんど残っていなかったため、クレヨンが水筒を差し出してくれました。
中身はあたたかい、こぶ茶です。ケンシロウはコップをひんだくるようにして受け取り、ヨウカンともども、むさぼり倒しているのです。
しばらくして、徳さんがケンシロウの隣にやってきました。
「あんた、これ飲むか?」
徳さんは、携帯用のウィスキーボトルを手にしています。キャップのついたアルミのケースで、中身がウィスキーだと知らされたケンシロウが、めちゃくちゃ渋い声で「いいねえ」って言ったんですよ。
オッサンやんけ!ゴリゴリのオッサンやんけ!
「どうや?」
「効くねえ」
効くて、おい!効くとかなかなか言わんぞ、今日日!
「バリ効くねえ」
もう、俺が効いたわ!こんなこと真横で聞かされたら体がもたんわ!
「兄ちゃんもどうや?効かしてみいひんか?」
意味わからん!効かしてみるってなんやねん!
「徳さん、わしも効かさしてくれ?」
流行ってるやんけ!「効かす」が流行ってもうてるやんけ!
5分ほどして、岡村さんと花木さんがやってきました。
すると岡村さんを見たクレヨンと徳さんが、襟を正したのです。「キレイな人が来た!」と叫ぶかのごとく、岡村さんが自分たちの隣に座れるようにスペースを開け始めたのです。
見えてるよな!?すごい奴を選んだけど、ほんまに見えてる!?
「岡村さん、ここにおいで!」
「ここに来い!ここに来い!」
オーマイガッド!もうオーマイガッドとしか言えない!
「あんがと~ね~!」
ブリッコすんな、足の親指!で、オッサン2人も「この人、かわいい!」みたいな顔すんな!
「岡村さんも効かしてみいひんか?」
意味わからん!ていうかもう、岡村さんは顔が効いてるから!顔面にすでにパンチが効いてるから、これ以上は効かさせんといてくれ!
ほどなくして、遠目に1人歩く、シーラカンスの姿が目に入りました。
シーラカンスはフラフラです。それを見たオバハン連中が、「高田!高田!」と、高田コールを始めたのです。
シーラカンスも、コールに気がつきました。そのコールに応えるかのごとく、コールの拍子に合わせて体をくねらせ、チョケた顔をしながら踊り始めたのです。
気持ち悪い、気持ち悪い!山の天気変わるわ!
「高田!高田!」
「はーい!はーい!」
死ね!28回死ね、お前みたいな奴!輪廻転生を繰り返しながら、28回とも全然知らんオッサンに看取られながら死ね!
「お待た~!」
「高田さん、わしの隣においで!」
「わしの隣も空いてんで!」
シーラカンスもストライクゾーンなん!?ちょっと待って、足の親指だけじゃなくて魚もタイプなん!?
「高田さん、はいこれ、こぶ茶!」
「高田さん、足、揉んだろか?」
誰でもええんか、お前ら!それやったらもう、家に帰って脚立でも抱いとけや!脚立抱きながら「脚立だけに天に登り詰めそうだよハアハア」とか言っとけや!
ともあれ、全員が到着しました。
シーラカンスも交えて、休憩を取ります。オッサン2人はオバハン連中にぴったりと寄り添い、ずっとご機嫌でした。
時刻は昼の1時になりました。
僕は休憩を終わらせて、隊を出発させることにしました。
この登山も、いよいよ正念場。新たに加わった怪物を引き連れて、僕は残りの急勾配を制覇します。
そこで今回は、「オバハン連中と行く山登りはどれだけ大変か?」の考察~8合目⇒頂上編~です。
ここからは、今まで以上にアップダウンが激しいです。
整備されているとはいえ、足場には、ゴツゴツとした大きな石がたくさん転がっています。それらをよけながらのクライミングで、急な上り坂が続きます。腰にかかる負担が大きく、暑さも相まって、一筋縄ではいきません。
僕は過去に何度も、このルートで登っています。ここからの登山道のしんどさを知っていることから、全員に檄を飛ばしました。
「みなさん、あと少しなんで、がんばりましょうね!」
ですが、いつものような「おー!」のかけ声は返ってきません。
全員がくたくたで、あのケンシロウでさえ、元気がありません。シーラカンスに至っては足元もおぼつかなく、僕の言葉は届かないのです。
それでも、僕は「それじゃあ出発しまーす!」と声を張り上げて、隊を出発させました。オバハンの底力を信じることにしたのです。
僕を先頭に、再び、山に足を踏み入れました。
案の定、道の起伏は激しいです。急勾配の狭い山道が続くため、疲れた脚には負担が大きいのです。
日中を過ぎたころから、粘りつくような暑さになってきています。
額には常時、汗がにじんでいます。耳が汗ばみ、滴りが首から胸へと筋を引きます。僕は1人でさくさくと歩くものの、自分との戦いで精一杯なのです。
僕はそれでも、このつらさが嫌いではありません。この苦労があるからこそ、ゴールしたときの感激が一塩だからです。
眼下に広がる景色が変わるごとに、新しいセミが現われます。残り短い夏に何かを主張するかのごとく、セミは全身を使って鳴いています。熱された空気全体が彼らに鳴動しているようで、時折、土の湿り気を帯びた風が森を駆け抜けて、何とも心地いいのです。
1人になった僕は、しばし、山そのものを楽しみました。学生時代を思い出して、あんなこともあったな、こんなこともあったなと記憶を手繰り寄せて、青春時代を懐かしみました。
ところがしばらくして、クレヨンと徳さんが僕に追いついてきたのです。1人でせっかく感傷に浸っていたのに、この小さいオッサン2人が再び、僕を邪魔してきたのです。
「兄ちゃん、今まで、どんな山に登ったことがあんの?」
僕の真後ろにやってきたクレヨンが訊いてきました。
「僕は山登りが好きなんで、結構、登りましたよ」
「富士山は?」
「登りました」
「大山は?」
「登りました」
「北岳は?」
「……登りました」
「槍ヶ岳は?」
何個訊くねん、お前!最終面接か!
「槍ヶ岳も登りましたよ」
「徳さん、この兄ちゃん、槍ヶ岳に登ったらしいで!」
「そうなんや。どうやった?」
訊き方が広すぎる!「槍ヶ岳はどうやった?」とか訊かれても答えようがないわ!
「今度、わしらと松木さんで槍ヶ岳に登ろうと思ってんのよ」
誰やねん、松木さんって!なあ誰、そのいかにも山に登りそうな名前してる奴!?
「それより徳さん、最近、松木さんは何してんの?」
「知らん。こないだ2人で東急ハンズに枕を買いに行ったきり会ってない」
オッサン2人で枕買いに行ったん!?ちょっと待って、何、その仲のよさ!?ホモっぽい感じがしてすごい気になんねんけど!?
「そうなんや。でもそんなこと言われたら、わしも枕を変えたくなってきたわ」
「枕は大事やで。合ってない枕を使ってたら、心臓に悪いらしいからな」
「そうなんや。それより兄ちゃんは、どんな枕を使ってんの?」
「いや、普通の枕ですよ。四角の奴です」
「どう?」
「はっ?」
「四角の枕はどう?」
「いや、どうって言われても……。ま、まあ、普通ですよ」
「自転車は何乗ってんの?」
「えっ?」
「自転車は何乗ってんの?」
「いや、自転車は乗らないですね」
「乗られへんの?」
「いやそうじゃなくて、乗る機会があまりない、ってことです」
「じゃあ普段は何乗ってんの?電車か?」
「……いや、電車は私物で所有しているわけではないんで、原付きに乗ってます」
「大型?中免の大型特製免許?」
「……いや、原付きのほうです、50CCの」
「50CCか。松木さんも50CCやで」
ええ加減にせいよ、コラ!もうええ加減にせいよ、お前!もう1回言うわ、ええ加減にせいよ!
ええ加減にせいよ、もう1回言うたった!で言うとくぞ、この30秒の会話だけで、言わなあかんことが5個以上あるからな!でもツッコミ入れてたらキリがないから、目立ったところを1つだけピックアップして言うわ、中免の大型特製免許って何?この謎の免許は、どこヶ丘教習所が交付してんの!?で、その免許があったら、どのサイズのバイクに乗れんの!?
このように、訳のわからない話を矢継ぎ早にしてくるのです。
僕はこの2人を先に行かすため、立ち小便をすることにしました。「おしっこがしたい」とウソをついて、1人で草むらに入って行ったのですが、「待つわ!」と言うのです。
ごめん、待たんといて!そんなハチ公的な忠誠心はいらんから!
「わしらは待っとくわ!いつまでも待つわ!」
あみんか!そんなあみん的な待たれ方されても困んねん、こっちは!
「それより兄ちゃん、山の神様ごめんなさいって言わないとあかんで!」
また出た、山の神様!油断してたらこのタイミングで言いやがった!
「心の中で山の神様ごめんなさい、山の神様ごめんなさいって言うんや。何回も何回も山の神様ごめんなさい山の神様ごめんなさいって唱えてたら、それを聞いた山の神様が……」
もう小便終わったわ!お前のセリフが長すぎて、俺もう帰ってきたわ!セリフの途中で俺はもうお前の目の前におんねん!
「山の神様は正直者に許しをお与えになる。山の神様は……」
俺もう、軽く進んでんねんけど!?どうしたらいいの、俺は!?
「でもまあ、山に立ちションは、つきもんやからな」
「そうや。この徳さんなんて、野グソの常連や。毎回、ウサギの大便みたいな小さい奴をポロポロと出しよる」
「アホ言え!俺のはごっついわ!」
「ウソ言え!」
「ほんまや!わしは大便、1発で出すタイプや!」
「ウソ言えよ!どうせたいした大便と違うんやろ?」
「わしは1発で決めるわ!山の男の大便をなめんな!」
何の言い合いやねん、これ!なんやねん、この世界で1番しょうもないケンカ!
「わしはいつも1本で決める!」
全然かっこよくないねんけど!?1本で決めるとか言われても気持ち悪いだけやねんけど!?
「兄ちゃんも1本派か?」
何の派閥やねん、それ!1本派とか知るか、お前!そもそも日によって違うわ、そんなもん!
「徳さん、ほんまに1本派なんか?」
「ほんまや!松木さんと一緒にすんな!」
何本派なん、松木さんって!?ていうか、なんで松木さんのそんなこと知ってんの!?
訳のわからない話ばかりで、一緒にいると異常に疲れます。僕は2人を振り切ろうと、歩くスピードを速めました。
ところが、2人は僕に余裕でついてきます。2人して、年齢を感じさせない健脚。「兄ちゃん、離さへんで!」とばかりに、当たり前のように張りついてきたのです。
「兄ちゃん、仕事は何してんの?」
クレヨンが訊いてきました。
「放送作家です」と答えると、話がややこしくなりそうです。「普通のサラリーマンです」とウソをついたのですが、これをきっかけに再び、訳のわからない話になったのです。
「サラリーマンなんや。どんなサラリーマン?」
「製造業です」
「スリッパか?」
なんで製造業=スリッパやねん!何がどうなったらそんな瞬時につながんねん!
「そうです」
僕は言い返すのがしんどくて、もう、そういうことにしました。
「スリッパか。たしかに兄ちゃん、いいスリッパ作りそうやな」
どう見えてんの、さっきから俺!?糖尿とか、いいスリッパ作りそうとかどういう見え方してんの俺は!?
「わしらにもくれよ、スリッパ!」
「まあ、また今度」
「3足くれよ、拓美ちゃんにもやりたいから!」
松木さんにやれ!お前、散々松木さん松木さん言っといて、そこは松木さんにやれよ!
「拓美ちゃん、婿養子やねん」
知らんがな、そんなもん!ていうか、なんで婿養子やったらスリッパやらないとあかんねん!
「それよりスリッパって、日に何足ぐらい作るもんなん?」
「だいたい、500足ぐらいですかね」
「500足か。まるでムカデやな?ハハハハハ!」
「……そうですね」
「ハハハハハ!」
「……」
「ハハハハハ!」
「……」
「ハハハハハハハ!」
いつまで笑っとんねん、お前!ていうか、そんなにおもしろいか、それ!?なあ、徳さん!?
「ムカデて!ハハハハハ!」
徳さんも笑ってた!結構離れてんのにツボに入ってた!
「傑作やわ!」
「傑作やろ?」
お笑いなめんな、お前ら!こんなんで傑作やったら誰でも芸人なれるわ!山口県にも芸能プロダクションできるわ!
「それより、徳さんは今、無職なんよ。雇ったってくれへんかな?」
知るかいや、そんなこと!ていうか、製造業ってウソついた俺は罪悪感を感じるやんけ!徳さんの後ろに家族が見えて悪い気がしてきたわ!
話がややこしくなってきたので、僕は休憩を取ることにしました。
オッサン2人も、同じく休憩です。
山はまもなく、9合目に入ります。オバハン連中を待つため、僕はリュックを枕に、その場に倒れ込みました。
時刻は1時30分を回りました。
オッサン2人も、僕と同じようにその場に寝転んでいます。
ですが、訳のわからない会話は健在。現場は、僕、クレヨン、徳さんの並びで、川の字に寝転んでいます。ボーッとする僕を巻き込んで、再び妙な会話が展開されたのです。
「徳さん、松木さんの作る、チーズの入ったクロワッサンパン、食べたことある?」
「ない」
「兄ちゃんは?」
あるか!あるわけないやろ、そんなもん!で、クロワッサンパンってなんやねん!語尾に総称をつけんな!
「1回、食べさしてもらい。あれ、カツ丼よりうまいで」
なんでカツ丼と比べた!?お前それは「キムタクよりもポルシェのほうがかっこいい」とか言うようなもんやぞ!
「それより松木さんところのパン屋、最近、もうかってんの?」
「もうかってないらしいで。最近よう、余ったパンをくれるもん」
「そうなんや。徳さんは松木さんところのパンで、何パンが好き?」
「そうやな。四角の奴で、ゴマが載ってる奴あるやろ?」
「あるな。茶色の奴やろ?」
大概茶色やろ!パンは大概茶色やろ!
「あかん、名前が出てこない」
「ハムカツパンか?」
「違う」
「チョコか?ジャムか?」
「違う」
「生クリームパンか?」
何個訊くねん、だから!最終面接か、さっきから!
「緑のヨモギか?」
緑って言うてもうてるやんけ!お前さっき、茶色の奴やろって自分で言ってたやんけ!
「兄ちゃん、知ってる?」
エスパー魔美か、俺!部外者の俺がわかるわけないやろ、さっきから!
訊かれた僕はおちょくり半分に、こう答えました。
「クロワッサンパンと違います?」
「いや、クロワッサンじゃない」
クロワッサンパンって言えや!お前、乗っかってやったのにそれかいや!相当、たち悪いな!
「でも、こんな話してたら、急にパンを食べたくなってきたわ」
「ほんまやな。近所の駅前にパン屋ができたから、帰ったら食べようや」
松木さんの店に行け!お前ら、松木さんの店に行けよ!松木さんのパンの話で盛り上がってるんやから、ここはどう考えても松木さんの店やろ!
しばらくして、オバハン連中が一気にやってきました。
全員、疲労困憊です。木を杖代わりにして歩いているオバハンまでいます。
「みんな、こっちにおいで!あたたかいこぶ茶があるで!」
クレヨンにうながされて、オバハン連中はその場に倒れ込みました。
「もうあかんわ、うち!もう限界!」
「うちも無理!足が痛くて前に進まへん!」
誰もが弱音を吐いています。あのケンシロウでさえ仰向けになり、ハアハアと言っているのです。
するとクレヨンが立ち上がり、寝転ぶオバハンに向かって叫びました。
「若いのに何を言うとるか!しっかりせんかい!」
いいこと言うな……。お前よりも年上の奴がいるのは気になるけど、たまにはいいこと言うな……。
「山の神様も……」
また出た、山の神様!これ聞いたら一気に萎えるわって、誰も聞いてないやんけ!
「ごめん、静かにして!」
怒られた!啖呵切ったのにめちゃくちゃかっこ悪い!
「山の神様も……」
「静かにせいや、お前!!!」
ケンシロウがキレた!これではさすがの神様もたちうちできない!
「あと30分で山頂ですよ!山頂に着いたら、すぐに食事にしますから!」
結局、僕のこの言葉に勇気づけられて、全員、立ち上がりました。
山頂はもう、目前です。休憩もそこそこに、僕はすぐに出発させることにしました。
オッサン2人が先頭を行きます。僕は隊列の中間に陣取り、傾斜の強いところは上から手を貸します。フラフラのオバハンにはリュックを持ってあげるなどして、オバハン連中を何とか前に進ませました。
口をきくものなど、誰ひとりとしていません。「あと何分で着くのよ?」と僕に頻繁に訊くなど、機嫌も悪いです。シーラカンスに至っては肩で息をしており、頻繁に足を止めるのです。
それでも、シーラカンスはがんばります。背中を押す僕にお礼を言うなど、まだ元気は残っています。それを証明するかのごとく、やりやがったのです。
「ベジータ……」
ちっちゃ!オナラのスタミナまで切れやがった!
「ベジータ……」
数で勝負してきやがった!威力ないから2人呼び出しやがった!
しばらくして、僕にも限界がきました。
僕は途中から、シーラカンスのリュックも背負っています。「なんで俺が持たないとあかんねん!」と、親切にしたことを後悔するなど、イライラが顔を出し始めたのです。
ただ、そんな僕を、山は柔和に包み込んでくれます。
自然というのは、意味なくそこに鎮座しているのではありません。「自然の息吹」という言葉にもあるとおり、むき出しの自然に触れると、はっきりとその息遣いを感じることができます。
自然の前では、人はウソをつけません。計算高さ、ずるさ、汚さ……。自分の弱さを見透かされているようで、素直な自分になれるのです。
そしてその素直さは次第に、人への優しさへと変わります。とりわけ弱者に対して、非常に人間らしい、根源的な優しさが顔を出します。疲れている人、老人、女性など、弱い人を見る目が変わってくるのです。
現在、最後尾付近を、僕の母親とシーラカンスが歩いています。僕は、山という自然に背中を押され、気がつくと最後尾に移動して、こう口にしていました。
「オカン、そのリュックを貸せ。俺が持ったるわ」
「でもあんた、高田さんのリュックも持ってるやろ」
「大丈夫や。いいから貸せ」
「……ありがとう。ほんまに助かるわ」
少し照れくさいとはいえ、こんな自分をうれしく思えました。
時刻は午後2時を回りました。
がんばったかいあって、この段階でようやく、頂上が見えてきました。
ゴールまであと少し。先頭を進んでいたオッサン2人は、すでに到着しています。
「あと少しや!がんばれ!」
オッサン2人が頂上から叫んでいます。
5分ほどして、ケンシロウ、岡村さん、花木さんがゴールしました。残されたのは僕の母親とシーラカンス、そして最後尾に陣取る僕の3人です。
頂上まで、残り50メートルを切りました。
ここからは、急な上り坂です。3人してゴールを目指す中、到着したメンバーが僕らに向かって叫んでいます。
「ふーちゃん(僕の母親)、がんばれ!」
「高田さん、がんばれ!」
「たけちゃん、がんばれ!あと少しやで!」
僕ら3人は肩を並べて、ゆっくりと歩みを進めました。
こんな状況でも、隣で歩く僕の母親は、僕の顔の汗をタオルで拭いてくれます。それが照れくさいながらもどこかうれしく、年老いた母親の姿も相まって、感極まりそうになりました。
そして、午後2時15分。
「お疲れさん!よくがんばったな!」
ケンシロウに出迎えられて、僕らはその頂きに足を踏み入れたのです。
頂上では仲間が笑っています。誰もが充実感でいっぱいで、ほどなくしてクレヨンが僕に歩み寄り、嬉々とした表情を浮かべて言いました。
「兄ちゃん、さっきのパン、思い出したわ!あれ、猫パンや!」
第一声がそれ!?ハアハア言ってる俺にいきなりそんなこと言うの!?
「猫パン!猫パン!」
猫パンってなんやねん、ほんで!お前らの交友関係を考えたら、ほんまに猫入れてそうやねんけど!?
いずれにせよ、到着です。
所要時間、6時間15分。僕らは無事全員、栄光のゴールを手にしたのです。
頂上編へ……。