こんにちは。
最近僕の住む町では、2日に1回くらいのペースで全裸か半裸の男が出現したというニュースがはいってきます。
このままいけば町の中で裸のおじさん同士がばったり会うなんてことも起こりうるんじゃないかな。
本題にいきましょう。
今日は多分長めです。
自由意志という言葉をご存知だろうか。
自由意志とは、人間には、何からも影響(指図や制約)を受けずに、「何かを成そうとする気持ちや考え」を自由に生み出す能力がある、とする仮説である(Wikipediaから引用)。
この仮説について一つ問題がある。すなわち、人間が、自発的に「意志」を生み出すことができるか否か、という問いであり、それはまた、人間に行動の自由があるかどうかにも関わってくる重要な問題である(Wikipediaから引用)。
難しい内容かも知れないので、分からなければ深く考えなくても大丈夫です。要は、何が問題かというと、人間に自由意志がないと仮定すると、あらゆる事象は過去現在に関わらず、全て決まってるということになってしまうということです。朝起きて、ご飯を食べて、YouTubeを見て、昼ごはんを食べて、YouTubeを見て、夜ご飯を食べて、YouTubeを見て、寝る前に人生に絶望するという僕の一日も、最初から決まっているということになります。一見僕は自分の意思で好きな時間に朝ごはんを食べているように思えますが、そうではなく、僕が生まれた時から、いや、宇宙が誕生した瞬間から、2021年の5月21日の10時58分12秒に遅めの朝ごはんを食べ始めることが決まっていたということです。
この考え方が僕はめちゃくちゃ怖いです。高校の時に初めてこの考え方を知った時、なんとも形容し難い恐怖に襲われたことを覚えています。その恐怖すらも、最初から決まっているような気がして、訳分からなくて頭が痛くなりました。
しかし、繊細ながらも勇敢な高校生だった僕は、人間には自由意志がないという話を聞いてから、それに対して何とか抗えないかと考えました。そして、なんとか自分が自由意思を生み出せないかと何度も試みてきました。具体的には、普通に歩いている時に、突然ダッシュしたり、横にステップを踏んだりしていました。そして、心の中で、「フッ、流石に俺がこんな風に動くとは決まってなかっただろ」と、[全てを決定している何か]に対してしたり顔で中指を立てていました。
しかし、少し後に、自由意志がないと聞いた人間が自由意志を生むために取った行動に自由意志があるはずもないことに気付きました。
僕はまた考えました。なんとか自由意志を生み出せないか、と。
そして、ついに答えに辿り着いたのです。その答えとは、「自由意志のことを全く考えていない状態の人間が、歩いている最中に突然ダッシュをする」ということです。これは、自由な意思だと言えますよね(?)。これをすれば、[全てを決定している何か]を出し抜くことが出来るんじゃないかと考え、すぐに実行しました。
結果は失敗でした。自由意志について、「考えるな、考えるな」と思えば思うほど自由意志について考えてしまうんですよね。例えるなら、クラスのマドンナが嫌い嫌いと思い続けていた、地味で目立たない主人公をいつの間にか好きになってしまっていたような感じです。例えは必要なかったですね。
運命には抗えないと知った僕は、せっかくなら決まり切った人生を楽しもうと思いました。めでたしめでたし。
長すぎて書くの飽きました。
読んでくれてありがとう。