かなぽんの姉、子宮頚部腺癌の闘病記です。
姉が30歳の頃、子宮頸がんの(たぶん)集団検診がありました。
気楽に、ただの思い付きで検診をうけたそうです。
後日の結果は詳しく覚えてませんが、
「病院へ行け」
というものでした。
少し焦ったようですが、近くの大きな病院を受診。
検査結果は
「子宮頸がん 異形成」
病院の先生はすぐに円錐切除・抗がん剤治療を勧めたそうですが、一人で決められなかった姉は家族・友人に相談しました。
実はこの数年前に祖母を癌で亡くしておりました。
発見からわずか5ヵ月の出来事でした。
手術はできなかったので、抗がん剤のみの治療でしたが、
これが壮絶…。
ほんとに祖母にも家族にも地獄のような日々でした。
さて姉ですが、友人の友人にお医者さんがいて、その方にも相談したのですが、やはり手術・抗がん剤を勧められたみたいです。
「早く手術しなさい! 死にたいの!?」
友人のお医者さんはかなり強い調子で話されたそうです。
でも祖母は抗がん剤治療で消耗して死に至ったと思っている姉と私たち家族は「抗がん剤」という言葉にとても敏感でした。
抗がん剤だけは受けたくない、受けないでほしい。
この思いが、他の治療をしてくれるであろう医師を探すことになっていきました。