忙しい合間をぬって海外旅行に行ってきた。
「和を以て貴しとなす」
旅行に行く前、あるブログでこの言葉を見かけていたが、意味は深く考えなかった。
しかし、今回の旅行が改めてこの言葉の意味を考えるキッカケとなった。
全体的には良い旅行だったが、一人困った人がいた。
虚栄心の塊のような人である。
楽しい旅行の話を書きたいが、人のふり見てなんとやらで、自分がそうならないためにも戒めとして書いておく。
今回の旅行は知り合い同士、数人での旅行である。
その中に、自分には協調性があり、親切で気が利き、控えめで、かつ知識が豊富で柔軟に対応している人間だと思い込んでいる人がいる。虚栄心の塊のような人なので仮に「虚(きょ)さん」と呼ぶ事とする。
虚さんがどんな人かと言うと・・・
協調性があると思い込んでいる → 協調性の意味を履き違えている
親切だと思い込んでいる → 親切の押し売りである
気が利くと思い込んでいる → 気を利かせるタイミングがずれている
控えめであると思い込んでいる → 謙った言葉遣いでごまかしている
エゴは少ないと思い込んでいる → プライドの塊である
自分の過去を清算しているつもり → 一時期の過去にしがみついて生きている
と言った感じである。
全ては「恐怖」から来ているのだが本人は全く気づいていない。
例えば、トレッキングでは疲れたと言えば休憩を取るのに、大丈夫だと言い張る。
しかし行動は真逆で、いち早く帰りたいために勝手にドンドン先に進んでいく。
折角の景色を楽しむこともせず、ひたすら帰ろうとするし機嫌も悪くなっている。
トレッキングの後は、海外旅行の楽しみの1つでもあるショッピング。
ここでも虚さんは、
「どの店でもいいです。皆さんが行きたいお店に行きますよ。」
と言いながら、言葉巧みに自分の行きたい店だけを勧めてくる。
行きたい店があるならば素直に行きたいと言えばいいのに、誰かがその店に行きたいと行ったから私も行くと言うような言い方をする。
だから自分が行きたい店意外は面白く無い様子である。
またある日の夕食は、私が勘定を持つことになっていた。
いい具合に酔も回った頃、虚さんは
「今日は美味しい食事と酒をいただいた」
と言いながら、続けて、
「遠慮して安い酒を選びました」
というような事を言い放った。余りにも失礼である。
何様のつもりか知らないが、言い方を変えれば「遠慮して飲みたい酒を我慢してやった」と言っているのである。
また、今回の旅行先は、虚さんだけが数回訪れた事のある土地である。
そのため、虚さんは旅行ガイド的な存在であるが、何を目的としてそこに行くのか、
行ったら行ったで何をしたいのか、全く分からない行動が多かった。
説明も何もないため、なおさら意味不明な行動になっている。
虚さんの中では良いポイントに連れていきたかったのだろうが、目的にそぐわなく、ただ無駄な時間を使っただけ。挙げ句の果てには、そこにこだわらず別な事をしようと提案しても、協調性が有るように見せて賛成はするが、機嫌が悪くなっているのが伝わってくる。
面白く無いのはこちらである。
他にも虚さんについては、たった数日の旅行でもブログ10回分以上ネタがあるくらいだ。
最終的には呆れてしまって腹も立たなくなってきた。
哀れな人だが、全く同情する気にもなれない。
もちろん、もう一緒に旅行することは無い。
「和を以て貴しとなす」
虚さんにこの言葉を贈る。虚さんにも改めてこの言葉の意味を考えてみてもらいたい。
(きっと虚さんは、自分はこの言葉を理解しており、常に実践できていると思うだろうが・・・)
愚痴っぽくなってしまったが、今回は改めて自分の考えや行動を見直す良い機会となった。
その機会を創ってくれた虚さんに感謝する。
「和を以て貴しとなす」
旅行に行く前、あるブログでこの言葉を見かけていたが、意味は深く考えなかった。
しかし、今回の旅行が改めてこの言葉の意味を考えるキッカケとなった。
全体的には良い旅行だったが、一人困った人がいた。
虚栄心の塊のような人である。
楽しい旅行の話を書きたいが、人のふり見てなんとやらで、自分がそうならないためにも戒めとして書いておく。
今回の旅行は知り合い同士、数人での旅行である。
その中に、自分には協調性があり、親切で気が利き、控えめで、かつ知識が豊富で柔軟に対応している人間だと思い込んでいる人がいる。虚栄心の塊のような人なので仮に「虚(きょ)さん」と呼ぶ事とする。
虚さんがどんな人かと言うと・・・
協調性があると思い込んでいる → 協調性の意味を履き違えている
親切だと思い込んでいる → 親切の押し売りである
気が利くと思い込んでいる → 気を利かせるタイミングがずれている
控えめであると思い込んでいる → 謙った言葉遣いでごまかしている
エゴは少ないと思い込んでいる → プライドの塊である
自分の過去を清算しているつもり → 一時期の過去にしがみついて生きている
と言った感じである。
全ては「恐怖」から来ているのだが本人は全く気づいていない。
例えば、トレッキングでは疲れたと言えば休憩を取るのに、大丈夫だと言い張る。
しかし行動は真逆で、いち早く帰りたいために勝手にドンドン先に進んでいく。
折角の景色を楽しむこともせず、ひたすら帰ろうとするし機嫌も悪くなっている。
トレッキングの後は、海外旅行の楽しみの1つでもあるショッピング。
ここでも虚さんは、
「どの店でもいいです。皆さんが行きたいお店に行きますよ。」
と言いながら、言葉巧みに自分の行きたい店だけを勧めてくる。
行きたい店があるならば素直に行きたいと言えばいいのに、誰かがその店に行きたいと行ったから私も行くと言うような言い方をする。
だから自分が行きたい店意外は面白く無い様子である。
またある日の夕食は、私が勘定を持つことになっていた。
いい具合に酔も回った頃、虚さんは
「今日は美味しい食事と酒をいただいた」
と言いながら、続けて、
「遠慮して安い酒を選びました」
というような事を言い放った。余りにも失礼である。
何様のつもりか知らないが、言い方を変えれば「遠慮して飲みたい酒を我慢してやった」と言っているのである。
また、今回の旅行先は、虚さんだけが数回訪れた事のある土地である。
そのため、虚さんは旅行ガイド的な存在であるが、何を目的としてそこに行くのか、
行ったら行ったで何をしたいのか、全く分からない行動が多かった。
説明も何もないため、なおさら意味不明な行動になっている。
虚さんの中では良いポイントに連れていきたかったのだろうが、目的にそぐわなく、ただ無駄な時間を使っただけ。挙げ句の果てには、そこにこだわらず別な事をしようと提案しても、協調性が有るように見せて賛成はするが、機嫌が悪くなっているのが伝わってくる。
面白く無いのはこちらである。
他にも虚さんについては、たった数日の旅行でもブログ10回分以上ネタがあるくらいだ。
最終的には呆れてしまって腹も立たなくなってきた。
哀れな人だが、全く同情する気にもなれない。
もちろん、もう一緒に旅行することは無い。
「和を以て貴しとなす」
虚さんにこの言葉を贈る。虚さんにも改めてこの言葉の意味を考えてみてもらいたい。
(きっと虚さんは、自分はこの言葉を理解しており、常に実践できていると思うだろうが・・・)
愚痴っぽくなってしまったが、今回は改めて自分の考えや行動を見直す良い機会となった。
その機会を創ってくれた虚さんに感謝する。