もうあれから10年だね・・・。
ニューオリンズに行ってから・・・。
そんな妹との会話は今回のニューオリンズのハリケーンの
ニュースを見て始まった。
10年前妹が住んでいたシカゴから妹の友達の運転する車に
3人で乗り込み、シカゴ発ニューオリンズ行きの旅が始まった。
途中でロックンロールの帝王エルビス・ブレスリーが20年間
暮らしたメンフィスに1泊、ブルース通りのお店で食べた
スペアリブはとても美味しかった、南部の味って言うのでしょうか
懐かしい・・・。
途中の観光案内所でモーテルの割引券やスワンプツアーの
割引券を調達しながらカントリー音楽の都ナッシュビルに1泊
その後、メンフィズに1泊してニューオリンズに向かった。
何度かスコールに遭ったが、雨が強すぎてそのまま走る事が出来ず
一旦車を止めたのをよく覚えている。
途中で泊まったモーテルはアメリカの大手チェーンの
モーテルらしく安い、安全、朝食は甘ーいドーナッツと
コーヒー付きの三拍子そろっていた。
おまけに南部の町らしく各部屋に囲まれる様にしてプールもあり、
私は36度の気温に浮かれ朝起きてすぐ子ども達に混じって
ジャバジャバ水遊びをしたのでした。
プールに浮かんでいるゴミを一緒に網で奇麗に取り除く様に
子どもに促してから・・・。
不潔恐怖症大国の国民としては網てゴミを掬わずには
いられなかったのでした・・・。
目の前に広がったミシシッピー川を眺めながら
『あーこれがトムソーヤに出てくる川だね!』
などとのんきな事を言いながらニューオリンズに到着。
途中に立ち寄った町もなかなか良い感じだったが
ここニューオリンズはまさに南部の匂いがするエキゾチックで
刺激的な町であった。
日本人にとって非日常的な場所である事は言うまでもない。
昼間はフレンチクォーターで音楽家、絵描き、大道芸人
お土産物屋を楽しんだ。
ここ、ニューオリンズの大道芸人は非常にレベルが
高いと私は思う、今迄アメリカの色々な場所で大道芸人を
見て来たが規模といい完成度といい最高だと思う。
あの芸だったらNYのセントラルパークにいた人達の倍は
稼げそうだと思った。(笑)
あとは、湿地帯でボートに乗り、ワニに生肉を食べさせたり
ワニの子どもを抱いて写真を撮ってスワンップツアーを楽しんだ。
(妹は抱いたが私は抱かなかった、それどころか
生肉に食い付いたワニがボートまで上がって来ないか
気が気じゃなかった。)
ジャクソン広場のカフェ・デ・モンドのベニエとコーヒーも
私たちにとってはとても新鮮な味で旅行気分を
存分に味わせてくれた。
コーヒーは帰りにお土産に買って来たがとても好評でした。
私はカフェラテにして飲むのが一番好きで特に
大福と食べるのが好きです・・・。(笑)
夜はあの有名なプリザベーション・ホール(ピアノを弾いていたのは
日本人の女性でした)でジャズを聞いたり、バーボン・ストリートで
オイスター料理やケイジャン料理を食べ、鮮やかな色のカクテルを
ト音記号の形のストローで飲み、ある時はアダルト・ショップを
幸せそうに眺める→誘われる→入ってしまう、格国のおじ様達を
笑いながら眺めニューオリンズの夜を楽しんだ。
ガンボスープは美味しかったあ~。
私はニューオリンズにとても良い印象を持っていただけに
今回の大惨事はすごくショックだったのと同時にアメリカともあろう国の
警官達が災害当初仕事を放棄した事には驚いた。
9.11の警官や消防士の活躍には感動さえ覚えたが今回は
一体どうしてしまったのでしょう!?
ニューオリンズの市民達は一体誰を頼ったらいいのでしょうか?
ニューオリンズの陽気で明るい皆さん、1日も早く元の生活に戻れる事を
心から応援しています。
私の力では何も出来ませんが自分の周りの人に
ニューオリンズの良さを話し復興後に沢山の人達が
足を運んでくれればと考えています。
今も毎朝使ってます、Cafe du Mondeのカフェオレが入っていた
大きなマグカップ・・・。
ニューオリンズに行ってから・・・。
そんな妹との会話は今回のニューオリンズのハリケーンの
ニュースを見て始まった。
10年前妹が住んでいたシカゴから妹の友達の運転する車に
3人で乗り込み、シカゴ発ニューオリンズ行きの旅が始まった。
途中でロックンロールの帝王エルビス・ブレスリーが20年間
暮らしたメンフィスに1泊、ブルース通りのお店で食べた
スペアリブはとても美味しかった、南部の味って言うのでしょうか
懐かしい・・・。
途中の観光案内所でモーテルの割引券やスワンプツアーの
割引券を調達しながらカントリー音楽の都ナッシュビルに1泊
その後、メンフィズに1泊してニューオリンズに向かった。
何度かスコールに遭ったが、雨が強すぎてそのまま走る事が出来ず
一旦車を止めたのをよく覚えている。
途中で泊まったモーテルはアメリカの大手チェーンの
モーテルらしく安い、安全、朝食は甘ーいドーナッツと
コーヒー付きの三拍子そろっていた。
おまけに南部の町らしく各部屋に囲まれる様にしてプールもあり、
私は36度の気温に浮かれ朝起きてすぐ子ども達に混じって
ジャバジャバ水遊びをしたのでした。
プールに浮かんでいるゴミを一緒に網で奇麗に取り除く様に
子どもに促してから・・・。
不潔恐怖症大国の国民としては網てゴミを掬わずには
いられなかったのでした・・・。
目の前に広がったミシシッピー川を眺めながら
『あーこれがトムソーヤに出てくる川だね!』
などとのんきな事を言いながらニューオリンズに到着。
途中に立ち寄った町もなかなか良い感じだったが
ここニューオリンズはまさに南部の匂いがするエキゾチックで
刺激的な町であった。
日本人にとって非日常的な場所である事は言うまでもない。
昼間はフレンチクォーターで音楽家、絵描き、大道芸人
お土産物屋を楽しんだ。
ここ、ニューオリンズの大道芸人は非常にレベルが
高いと私は思う、今迄アメリカの色々な場所で大道芸人を
見て来たが規模といい完成度といい最高だと思う。
あの芸だったらNYのセントラルパークにいた人達の倍は
稼げそうだと思った。(笑)
あとは、湿地帯でボートに乗り、ワニに生肉を食べさせたり
ワニの子どもを抱いて写真を撮ってスワンップツアーを楽しんだ。
(妹は抱いたが私は抱かなかった、それどころか
生肉に食い付いたワニがボートまで上がって来ないか
気が気じゃなかった。)
ジャクソン広場のカフェ・デ・モンドのベニエとコーヒーも
私たちにとってはとても新鮮な味で旅行気分を
存分に味わせてくれた。
コーヒーは帰りにお土産に買って来たがとても好評でした。
私はカフェラテにして飲むのが一番好きで特に
大福と食べるのが好きです・・・。(笑)
夜はあの有名なプリザベーション・ホール(ピアノを弾いていたのは
日本人の女性でした)でジャズを聞いたり、バーボン・ストリートで
オイスター料理やケイジャン料理を食べ、鮮やかな色のカクテルを
ト音記号の形のストローで飲み、ある時はアダルト・ショップを
幸せそうに眺める→誘われる→入ってしまう、格国のおじ様達を
笑いながら眺めニューオリンズの夜を楽しんだ。
ガンボスープは美味しかったあ~。
私はニューオリンズにとても良い印象を持っていただけに
今回の大惨事はすごくショックだったのと同時にアメリカともあろう国の
警官達が災害当初仕事を放棄した事には驚いた。
9.11の警官や消防士の活躍には感動さえ覚えたが今回は
一体どうしてしまったのでしょう!?
ニューオリンズの市民達は一体誰を頼ったらいいのでしょうか?
ニューオリンズの陽気で明るい皆さん、1日も早く元の生活に戻れる事を
心から応援しています。
私の力では何も出来ませんが自分の周りの人に
ニューオリンズの良さを話し復興後に沢山の人達が
足を運んでくれればと考えています。
今も毎朝使ってます、Cafe du Mondeのカフェオレが入っていた
大きなマグカップ・・・。