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ピンクマカロンピンクマカロンピンクマカロン

 

少し前のあるとき、女子高校生の鑑定をしました。

 

そのお嬢さんが

 

「高校の先生が『迷ったときは厳しいほうの道を選べ』と言ったので、

 

そうしています。」

 

と、それが正論だと思い込んでいるように言いました。

 

そういうことを教育者がしれっと言うことに疑問を持ちました。

 

そうじゃないと思います。

 

迷ったときは自分のやりたいこと、行きたい道を選べばいいと思います。

 

こっちの方が楽しそうだな、とか、明るい気持で取り組むことができる、とか

 

すごく興味が持てる、とか、自分が自分になれる、とか、

 

そういう選択をしたほうがずっといいと思います。

 

ただでさえ、生きていく間には辛いことや悲しいことはあるんですから。

 

こういうことを言う教師に教わる生徒さんは不幸だと思いました。

 

自分が幸福を求める気持を否定されているのですから。

 

いろいろな人がいるので、全部が全部と一概には言えませんが、

 

旭川のいじめで自殺した事件の教頭の発言もひどいと思いましたし、

 

日本の教育者教育、ちょっと間違っていませんか?

 

旭川の教頭を日教組が守っているとしたら、

 

私は日教組を許しません。

 

文科省ももっとしっかりしてよ。

 

萩生田さんは文科大臣だったんだけど、

 

この件についてどう思っているのか、聞きたいです。

 

 

 

サラダサラダサラダ

 

多くの方法論の本を読んでも、有名な経営者や金持ちのやり方を学んできても、

 

自分のやり方や方法がわからない。

 

これは当然のことで、薬ひとつにしても、

 

その人の体質に合わない場合がある。

 

他人のやり方が自分に合わないのは不思議なことではない。

 

 

 

問題はまず、自分の「なぜ」がちっともわかっていないということにある。

 

自分がなぜそれをやりたいのか、

 

なぜそれを望むのか、

 

なぜそうなりたいのか、

 

なぜその道を行きたいのか、

 

ということについて深く考えてないし、しっかりつかんでいないからだ。

 

 

その自分の「なぜ」さえはっきりつかめていれば、あとはもう簡単だ。

 

どのようにやるのかなんてすぐにわかってくる。

 

わざわざ他人の真似をして時間をつぶすこともない。

 

もう自分の目で自分の道がはっきりと見えているのだから、

 

あとは歩いていけばいいだけになる。

 

 

「自分のなぜ」を知れば道が見える」

 

『偶像の黄昏』~「ニーチェの言葉」より