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1983年くらいのことでしたが、当時の内閣総理大臣は中曾根康弘さんでした。
ある時、テレビを観ていたら、中曽根さんがインタビューに答えていました。
インタビュアーが最近、感じていることがありますかと訊くと、
当時の中曽根総理は
「そうですねー、ある地方のいい高校を出て、今はいい大学に通う学生さんがいて、
高校時代に先生から「きけわだつみの声」を読みなさい、と授業で言われたそうです。
日本の教育者には立派な先生がいるじゃないか、と思いました。」
と、仰っていました。
その時は自分の言ったことだとは思いませんでしたが、
後で考えると、私が言ったことだったんです。
1983年頃のある日、私がアルバイトしていたホテルに中曽根さんの腹心と言われた
木部佳昭さん(建設大臣や自民党総務会長を務められました)が
結婚式に招かれて出席しました。
その4年ほど前に死んだ父が木部先生を兄のように慕っていたので、
ウエイトレスのアルバイトをしていた私はサービスの途中で木部先生に挨拶に行き、
「○○○○の娘です。父の生前はお世話になりました。」
と言いました。
すると木部先生は
「おお、」
と、言って父のことを思い出してくれて、
木部佳昭先生 「今、何をしているのか?」
私 「○○大学の法学部に通って、ここでアルバイトしています。」
木部先生 「ゼミはなんだ?」
私 「政治思想史です。」
木部先生は目をきらりとさせて、 「どんな勉強をしているのか?」
私 「ジョンロックをやって、ルソーの「社会契約論」をやって、今はモンテスキューの「法の精神」をやっています。」
木部さんは自分の後輩の娘が以外にも政治思想なんてやっているから、驚いたご様子でしたが、
興味を持たれたらしく、
また木部さんは若い頃、苦学したようで、もっと勉強したかったらしくて、その時も勉強されていたようで、
アルバイトの途中にも関わらず、披露宴の途中なのにも関わらす、私もアルバイトも3年目で慣れていたので、
ペースがわかっていたので、しばらく話しました。
別にホテルの人からは叱られませんでしたよ。
可愛がられていましたし、仕事ちゃんとしてましたし。
その時に、「きけわだつみの声」を読むように高校の先生から言われたけれど、
まだ辛くて読めていないことを話しました。
木部先生に後日、訪ねてくるように言われたのですが、
母に相談したら、
「先生はお忙しいんだから、あんたなんか行っちゃだめ」
と言われ、いけませんでした。
またその後、大学のゼミの教授に木部先生から電話があったそうです。
でも私は母の言いつけを守り、行かなかったのです。
惜しいことをしました。
そして、中曽根さんが「いい高校、いい大学」と言ったので、
私は自分が通った学校はそんなに超一流の高校でもなかったし、超一流大学でもないと思っていたので、
自分の言ったことだと思わなかったのですが、そうだったかーと最近になって気づきました。
でも私にとっては私のレベルに合ったいい高校だったし、いい大学でしたよ。
最近、YouTubeなどで「きけわだつみの声」を目にすることがあったのです。
地方のいい高校と言えば、灘高とか、ラサールとか、旧制がついたような高校だと思いますでしょ?
いい大学と言えば、東大とか、京大とか、早稲田とか、慶応だと思いますでしょ?
あの時、行っておけば私の歴史は変わっていたかもしれません。
人脈はつくっておいたほうがいいですね。
それにしても、私の母、悪いでしょ?
「本当に家の娘が行ってもいいんですか?」
って、木部先生の事務所に聞いてくれてもいいでしょ?
恨んでもしかたないけど。
自分で電話して訊けばよかったんだ。
それをやらなかったことが悔やまれます。
木部先生はもっと話がしたかったみたいだったのになー。
やっぱり、見送り三振よりも空振り三振ですね。
やっておけばよかった。
おかげで就職では苦労しました。
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が
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