今日は湿度が高いねー
じとっ。。。と まとわりつくような
空気を感じますにやり



汗っかきの夫は朝から
「おいおい、真夏かよー」
というくらいの汗あせるあせるあせる

出かける支度をする わずか10分ほどの間に
着ていたシャツが汗で背中に張り付き、
出勤直前にたまらず玄関で着替えるという滝汗








その汗かき夫は
いま会社が転換期を迎えているらしく、
なかなかの忍耐力をもって?
変化の現象を受け止めている様子。



そして今朝

「君もなかなかタイヘンだね
   パートナーがこういう状況だと
   気をつかうだろ?」という夫。






・・・・・

へ?イヒ




私の「へ?」という顔をみた夫びっくり

すかさず

「そっか、そうだよな!キミは
   そういうの関係ないもーん
   ていう人だもんな」と。






まぁそうですが。

なにか。。。?







たしかに最近ちょいちょいそれっぽい話は
聞いていたから、
夫は「気ぃつかってるかもな〜」と
妻に対して労い?の言葉を
かけたつもりなのでしょうが

夫の言う通り
ぶっちゃけ私には関係ないにやり



もっと目線を広げてみれば
まったく無関係とはいえないことも
わかるけれど

いま夫が直面している現象に対して
私ができることはないんダヨ。







昔はね、
そういう空気をめっちゃ気にしてました!
時に気にしすぎて無駄に疲れたり汗汗汗



でもあたりまえだけど
誰も代わってあげられないし

気をつかってる自分をよしとしてる自分、
みたいな エゴ丸出し?の
気持ちワルさに気づいて
そういうのやめたよね



もちろん話は聞くし
求められれば意見もいうよ。



ただ、
人の直面している問題とか現象に
必要以上に同調しても
その現象が変わるわけじゃないし



同調してひっぱられて
一緒にどよーんとしてても
お互いおもしろくないしうーん 



「寄り添う」というのとは
ちょっと違う気がする。








人がいろんなシーンで感じる感情は
その人自身のもので、
その人自身が味わい、向き合うもの。



そのとき向き合う必要があって
ちゃんと意味があるからね。



ひとりひとりが それぞれに
湧き上がるいろんな感情を
味わえばいいと思う



それが
生きてるってことだもん



そのうえで寄り添えれば
いちばんいいなって思ってるニコニコ