町の中、電車の中、あるいは歩道で・・・
あるいは自転車に乗っていたりして・・

沢山の聖徳太子が町に溢れています。

私が聖徳太子を思い起こしてしまうのは、人々が携帯を覗いている姿。

携帯が、聖徳太子の持っている笏(シャク)に見えてしまうのです。
使用法的に似ているといえば似ています。
シャクも、もともと情報源といえば情報源。式のプログラムなどを貼り付けておくカンペ用の板だったらしいですから。

それが神格化して、儀式のときの神主さんたちが持つようになりました。
そして、シャクに触ってはいけません。

怒られます。

携帯に人間が支配されてしまうのもシャクに触りますね。

携帯を除きながら、ぞろぞろ歩いていいる姿は変です。

携帯とは帯に携えて、あるいは腰まわりに携えてゆくことです。

昔なら、帯(おび)に刀や煙草入れなどを携えていたころの名残の言葉です。


人間にはメイクする人と、それをただレットさせる人の二種類の人がいるそうです。

メイクする人だどんどん世の中の仕組みを変えていってします。
レットする人はただそれに従ってゆく。

レット イット ビー で良いのだろうか?