思考とは記憶されたデータを比較参照する機能です。

私たちの脳を含めた身体はそれを行います。


悩んでいる自分も思考している自分です。
それを冷静に見ているのも自分が思考していることです。

だから意識した結果をもう一度意識下に置くことができます。

肉体と別に、そして別な次元に魂が存在するわけではありません。


始めて、普段の自分の思考の外に出た時には、なにか目覚めた気がするものです。
そして、肉体を離れた意識の存在を夢想したりするものです。

そして霊魂という存在を夢想します。
これが悟りというものではないかなどと思ってしまいます。


それらは参照を何度も繰り返して作り出す、想像という思考の働きです。


認識したものを、もう一度認識しなおす、そしてそれをまた認識しなおす。


『意識』は生体のもっている認識作用です。


魂(意識)は身体と共に消滅します。


それは肉体の中で起こっている刺激に対する反応の働きだからです。


心と身体の二元論が生ずるのも、ひとえに認識という働きとその性質のせいではないでしょうか・・・・