大田区学童兄妹(+弟)の野球日記~努力が報われるその日まで~ -5ページ目

大田区学童兄妹(+弟)の野球日記~努力が報われるその日まで~

 2021年度更新)東京の野球一家家長のブログ。
子供3人ともに大田区軟式学童から野球を初め、長男は元高校球児 の大学2年で現在草野球中。長女は高校では新潟県の開志学園に進学し、女子硬式野球部に所属するJK3年。次男は常にフルスイングな小学4年。

こんにちわ。トーです。

今日は、息子に感謝を述べたいと思います。
長~い文章になります。すいません。


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息子へ


もう忘れてしまったかも知れないけど、君が二年生の夏の日だったね。
チームに体験入団に来ること2回目。

午前の練習を終え、君が一生懸命遠くから走ってきてね、キラキラした目で「パパ、ボクこのチーム入る!」と言ったんだ。
楽しかったのは、そのキラキラした目と汗だくになった姿からよくわかったよ。


お父さんは、コーチになって間もなく監督を任されました。

1学年上のお兄ちゃんたちと同じチームで行動する中で君と共に戦えない日はすぐにやってきたね。

 


-----3年生。
秋季大会に3年生以下のチームでエントリーすることになったね。
元々Cチームまでだったけど、Dチームまでできたね。
元々Cチームはチーム事情から4年生単独で組めないから、誰かを上げて、Dチームのために誰かに降りてもらう必要があったんだ。

 

何回も。
何回も、総監督と話をして、 

時間が許す限りずっと。
ずっと、悩んで考えて、君をDチームに降ろした。 

それはね。
一緒にやっていきたいけど、お父さんはこれからずっと君の側で指導者としてついていくことはできないから。

親以外の大人に色々なことを教えてもらうことは凄く大切なことだから。
だから、あえて離れる選択をしたんだ。

 

同じチームとはいえ違うチーム。
そのチームで教えられていることに集中してもらいたいから、いつも横眼で見ているだけだった。

お父さんとしては少し淋しい気持ちもあったけど、君が
Dチームでキャプテンを任され、10番を背負い頑張っている姿を見てたくましくも思えました。

 


-----4年生。
春から監督が変わり、君の背番号も8番に変わったね。
秋には同じ学年の子が何人か降りて。
一生懸命になれず、少しふてくされていた時期。

その理由は分かっていて君だけの問題ではないけど、君自身の努力が足りないのを監督やコーチもしっかり見ていました。

なんとなく過ごす週末の練習。
何もしない平日。

君の実力が伸びないだけではなく、学校生活もよくない1年でしたね。

  


-----5年生。
新人戦ベスト8が目標でスタートしたね。
大事な年に背番号は4番でした。

君のおじいちゃんが高校野球をやっていた時はセカンドでした。
背番号はもちろん4番でした。

君がおじいちゃんと同じポジションでチャンスをもらえたこと、お父さんは凄くうれしかったのを覚えています。
野球を始めてすぐ、君が野球をやることを誰よりも喜んでいたおじいちゃんが帰らぬ人となって2年。
きっと、セカンドを守る君をおじいちゃんが見ていたらと思うと、今でも涙が出ます。

ただ、春季を終えて外野に回されることが増え、ベンチを温めることも増えました。
君の性格をつかむのが難しいとよく言われ、それを良く見る人と悪く見る人それぞれいます。

良くないと言われたことに対し直さず、
「頑張らないことを誰のせいにもしてはいけない。自分ががんばらなきゃ。」

 そうやって何度も何度も話をしたね。
ただ、四年生の時と同様に、理由がそれだけではないことも知っています。  



-----6
年生。
小学最後の
1年が始まりました。
金メダルを目指す本気勝負の1年。君の背番号は11番になりました。

背番号が大きくなった時、落ち込む子は多くいます。
お父さんも、5年生の1年間はAチームの事で頭がいっぱいで、構うことが出来なかったことを反省しました。

背番号にモチベーションを左右される性格ではなく、背番号を貰えること自体に感謝できる君を誇らしくさえ思いました。

この前年、お父さんはAチームの監督を終えて君がいるチームに合流することになりました。

理由はふたつあります。

ひとつ、チームのために、前年の経験を活用して君たちに金メダルを取らせること。
もう一つは、最後の一年だけは、君と共に戦うと決めたこと。

君たちが五年生の頃、君たちのチームを客観的に分析していました。
可能性はあります。

色々なポジションを経験するのはいいことだけど、そのポジションの役割や動きなどが詳しく分かればもっと輝ける。
その中で、6年生になってから新しいポジションにチャレンジするには大きなリスクがあります。

チームのことを最大限に考え、最適な選択ができるようにと新Aチームに降りることを快諾しました。
それは、お父さんが昨年1年間Aチームの監督をやっている中でも、君たちを成長させ、勝つために必要だと思ったことをやるためです。

このチームにおいて必要なこととして各選手のポジションを推しました。

その時君は、セカンドとして推したことを覚えています。

  

優勝目指す上で、根本的に君たちに足りなかったものは、本気。
指導だけではありません。
技術を上げられるのに本気が足りないから、色々なことを覚えるにも時間がかかっていました。

だから、たくさん声を出してもらい、たくさん悔しい思いをしてもらい、たくさん泣いてもらいました。 

少しだけ君を褒められるのは、去年より努力が増えたこと。
それが今年の君の成績やチームからの信頼につながったんだと思います。

そんな君に野球の神様は、大事な試合の大事な時に大きなチャンスをくれました。

優勝まであと一歩。
4点ビハインドの決勝戦の延長最終回裏。 

先頭バッターだった君は、初球甘く入ったボールを三塁線に強打し、
1点をもぎ取ってくれました。
スイングはめちゃくちゃだったけど、打ちたいという気持ちが伝わるスイングでした。

あの
1点があり、その後二人の打者で一気にサヨナラ勝ちを納め、優勝を手にできたと思います。
チームから信頼される存在になり、そんな君が点けた打線の爆発だと思います。
この優勝を、きっと忘れません。

いい仲間に巡り逢えたことの感謝し、
君のお世話をしてくれているお母さんに感謝し、
相棒のバットやグローブといった道具に感謝し、
大切な仲間たちと全国大会で暴れてください。

 

最後に。

今年は全国のチャンスだと言い続け、君たちの頑張りで年初めに交わした約束を果たすことが出来ました。

本当にありがとう。


これから、まだまだ苦しい道のりはあります。

まだまだ始まったばかりの野球人生です。
納得いくまで続けてみてください。 
まずは、全国大会1勝、そして春秋連覇を目指して頑張ろう!

 

 

 <2013年7月7日連盟閉会式後に多摩川緑地にて>

 

父より



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最後まで読んでいただけた皆様
支離滅裂な文章で申し訳ありません。
長男坊と過ごしたこれまでの道のりをひとまず文章に残したいと思い書き出しました。

 

 

 

 

 

こんにちわ。トーです。

今日は、高円宮賜杯第33回全日本学童軟式野球マクドナルド・トーナメント東京都大会の最終結果をお伝えします。

6/30に決勝戦並びに、三位決定戦が行われました。

◆決勝
雷サンダース(江戸川) 1-9 竹仲(足立) ※5回コールド

◆三位決定戦
小作台少年野球クラブ(羽村) 10-3 若木ベースボールクラブ(板橋)

大会最終結果は次の結果となります。

優勝 竹仲(足立)

準優勝 雷サンダース(足立)

三位 小作台少年野球クラブ(羽村)

四位 若木ベースボールクラブ(板橋)

竹中、雷サンダース、小作台少年野球クラブは、東京代表として8/6~神宮で行われる全国大会に出場。
若木ベースボールクラブは8/10・11に埼玉で行われるGasOneカップ学童大会に出場します。

以下、トーナメントの最終結果です。



尚、大田区代表として出場した2チームの最終成績は、
ゼットタイガーA 三回戦敗退(ベスト16)
古市ジャガーズ 二回戦敗退
となりました。


こんにちわ。トーです。

6/28(金)に町田駅近くにある居酒屋で、西東京エリアを中心とした少年野球指導者の集いがありました。

平日、しかも町田という場所もありますが、上部大会の経験が乏しいため他地域の指導者とお会いする機会も少ないため、仕事を切り上げ行ってきました!(車で)

20時スタートでしたが、家に着いたのが20時30分。
そこから急いで移動(車で)

間もなく22時でしたが、到着すると20名以上の少年野球の指導者の皆様が、すでにホロ酔い(?)状態・・・。
ええーい、ままよ!と素面で突入。

時間もなく、限られた方としかご挨拶できませんでしたが、交流させて頂く良い機会になりました。

その後の二次会も参加させて頂き、町田発が2時。
(車で)帰宅して3時。

夜更かしした甲斐がありました。


この集いは、ホントにすごかった。

何がすごいって、この集いは、全日本や都知事杯など上部大会に出ているチームの指導者様たちをはじめ、少年野球の指導に熱い方ばかりでした。


この機会は、鶴川ドルフィンズの西大監督あってのもの。
フェイスブックで西さんから指導者の集いにお誘い頂いたことがきっかけです。


きっと、少年野球に携わっていなければ、このような出会いはなかったと思います。
やっぱり、少年野球っていいですね。


こんにちわ。トーです。


6/23(日)に連盟主催の春季トーナメントの決勝戦を戦ってきました。

勝てば、くりくり少年野球選手権の出場が決まります。

まず、言わせていただきます。

「祝!!優勝! くりくり出場権とったどー!」


さて、試合の経過です。

後攻の自軍は、先頭打者が二塁打で出塁。

三番打者が二塁打で1点先制。

四番打者のレフト前ヒットで1-3塁。ピッチャーボークで追加点

0-2。


■三回オモテ先頭の7番打者がセンター前ヒットで出塁。

盗塁とパスボールでノーアウト三塁。

8番打者のカウント1ストライク2ボールからスクイズ。

ピッチャー前に小フライを飛び込むも取れず。

三本間で迷ったランナーをランダウンでアウト。

バッターランナーはこの間に二塁へ。

牽制が逸れ、センターカバーのボールはイレギュラーで弾き、その間にランナーは三塁へ。

この回2つ目のパスボールでランナー生還。

1-2。


■六回オモテ

1アウトから二番打者がセンター前ヒットで出塁。

盗塁を絡めランナー二塁。

三番四球+ダブルスチールで1アウト二三塁。

四番ファーストフライの後、2アウトから五番打者のレフト前ヒットで同点に追いつかれ、2-2。



7回は共に0点で終了し、試合はサドンデス(ノーアウト満塁開始)へ。



■エキストラ2(9回)オモテ

六番打者のショートボテボテの間に1点追加し3-2。

1アウト一三塁から一塁ランナー盗塁を決めて1アウト二三塁。7番打者が浅いレフトフライでタッチアップできず2アウト二三塁のままから八番打者のセンターオーバーの三塁打で5-2。

続く九番打者が初球をレフトオーバーで6-2。

一番打者をセンターフライで打ち取り、3アウト。

相手の4点リードで自軍の攻撃へ。

No1は9回169球で完投。良く投げ切りました。



■エキストラ2(9回)ウラ

4点を追いかける展開で、ピッチャーが投じた初球を六番打者が三塁線へ痛烈な当たりでレフト前へヒットで1点を返し6-3。

続く七番打者が二球目をレフト前ヒットで6-4。

俄然盛り上がる自軍。

ここで長打力のある八番打者がファールで粘った7球目をレフト頭上を遥かに超える三塁打で6-7xのサヨナラ!

相手ピッチャーのNo10も119球の力投でした。







4点という点差でエキストラ2回目を抑えられたことが良かったと。

満塁ホームランを打てば追いつける点数。

仮に5点目を取られていたら、心が折れていたかもしれません。

また、エキストラ2ウラ(9回)、4点を追いかける大事な場面で我が家の長男坊が打席に立った時は、何とも言えない気持ちでした。

親でありコーチであり、「とにかく打ってくれ」の一言に尽きる状況で、カウントを取りに来た初球を振りぬき、一塁ベース上でのガッツポーズはチームに勢いを与えてくれました。

本人曰く、自然に手が出たそうです。


これで、春季リーグ戦は優勝で幕を閉じました。

この結果、自軍は10年振り5回目のくりくり少年野球選手権へ出場となります。

そうです。
努力は報われたのです。

10年という歳月は長かったのか短かったのか。

くりくりを目指して戦い、悔しい思いをした昨年の気持ちもあり、優勝決定後に総監督との握手で涙が出ました。

ホント、少年野球は熱い!





こんにちわ。トーです。


高学年の指導にあたり、守備に関してはセンターラインを重要視しています。
特に今年はセカンドに重きを置いています。
目立つポジションではありませんが、色々な動きや思考を持って試合を進める必要があり、重殺プレーにおいても、重要な位置にあるからです。

昨年・今年と11名前後の登録メンバーで、選手一人一人の特徴を見ながらポジションに配置しています。
中にはオールマイティな選手もいますが、「広く浅く」なることで、試合中における重要な場面でその歪が発生するため、およそ2ポジションが目安となります。

そのポジションで何をしてほしいのか?を選手に対し明確に伝えることで、やるべきことが明確になり、チームコンディションを形成するためのステップが描きやすくなります。

そんな中、ジャイアンツや横浜でセカンドとして活躍された仁志氏が、あるWEB記事でこんなことを語っていました。
長文ゆえ、編集しています。

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「セカンドは特殊なポジション」である。

常に勝ちが求められる状況で、セカンドというポジションを育てるのは難しいと思う。ある種、特別な育て方をしないと本当のセカンドにならない。求めるものよるが、内野のうちの一人というよりは、“セカンド”として、育てていかないといけないと思っている。キャッチャーと同じ感じ。
 

■具体的に「特別」なところは?
カバーリングなど、単純だけど欠かせない動きがそもそも多い
②ポジショニングなどの制限が内野の中では少ない
突き詰めていくと、いろいろなプレーができる。だけど、その一方で、ある意味誰でもそれなりにできてしまうポジションであり、プロのセカンドは、アマチュア時代にショートをやっていて、守備には定評がある選手がチーム事情でセカンドに“流れて”くることが多い。

自身、プロ入りする前はサードを守っていたが、プロでコンバートされてセカンドになった。
実は、アマチュア時代は守備が苦手だった。大学まではショートだったが、社会人では失格の烙印を押されてサードにコンバートされた経緯もあった。今セカンドにコンバートされている選手たちとはアプローチが違うが、セカンドとしてやってきたわけではない。

■意外にも「守備が苦手」だった

苦手意識があった中で、プロに入ってセカンドに挑戦することになったため必死だった。セカンドで活躍しなければ出番がやってこないチーム状況だったから。一からのセカンドの守備を、当時コーチを務めていた土井(正三)さんに、みっちり教えてもらえたというのが、セカンドで戦えた理由だと思っている。

 

■センターラインが固まると、チームは強くなる?

間違いないと思う。ショートとセカンドの守備の連係や、センターとのポジショニングなど、固定したメンバーで出続けることでレベルを上げられるプレーもたくさんある。実際、自身もプレーしていて日本一に輝くことができた2002年のメンバーっていうのは、打順は変わることがあっても、スタメンででるメンバーはほとんど一緒だった。あの時は本当に強く、質の高い野球ができていたと思う。

 
■チーム全体を固定できるのが理想的か?

できることなら、固定したほうがいい。少なくとも上位打線と、センターラインは固まってほしいところ。

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そのポジションを経験してわかったことがこのメッセージに深く盛り込まれていると思いました。