松坂大輔が入団した1998年、当時の西武の監督は東尾修だった。
彼が入団を渋っていた時に、200勝した記念のボールを渡した話は有名だ。
そして彼は決意して、西武入団を決めた。


東尾と言えば、251勝247敗という成績で、多くの勝利とともに

多くの敗北を記している。



これには、西鉄時代の大きな影があった。



入団まもない東尾は、当時のエースだった池永正明ら投手達の凄まじさにより、自信を喪失してしまう。

そして1969年オフには打者転向を首脳陣に告げ、受け入れられる。


しかし、「黒い霧事件」により、当時のエースだった池永正明らが永久追放となってしまう。


これにより打者転向は白紙に、投手として投げなければいけない現状になった。



普通の人間なら、どうだろう?

普通の会社なら、どうだろう?


今までいた上司が突然いなくなってしまい、

その場所に自分が務めなければならない。



東尾は投げ続けた。


投げれば投げるほどに負け数が増えていった。

プロ入り10年で、最多敗戦になる事4度。


それでも西武の不動のエースとして投げ続け

やがて勝星は量産して行った。

ノーコンと言われたコントロールも年々良くなっていった。



暗黒の時代に突入した西鉄にとって

東尾と言う次世代の光が見えた事は、掛け替えのないものであった。


逆に東尾はこの時の状況を主力投手が永久追放されたことで、

自分に登板のチャンスが巡って来ると感じ、内心喜んだ。

東尾によれば黒い霧事件は

「自分の野球人生における最大のチャンス到来、ターニングポイント」だった。と語っている。



誰にでもチャンスと言うタイミングはやってくる。

ただし、それがいつ、どの時期に来るのかはわからない。

準備されているときに来るのか、突然ふとやってくるのか。

そのタイミングをつかんだものだけが、一流の道へと続く。