ワイパーが速いリズムでフロントガラスの水幕を削りとる。暗闇のなかで信号や街路灯がぼんやりと灯る。マイアミのダウンタウンまであと12キロのところ、サウスマイアミのUS1は片側2車線の幹線道路であるが、10時になると車の数はまばらで、遅い車にさえぎられることはない。

 

 前方の信号が赤に変わった。通り過ぎようか止まろうか一瞬考え、通り過ぎることにしたが、直前に気がかわって強くブレーキを蹴った。瞬間フロントタイヤの回転が止まり滑っているのが分った。交差点に入るまでに止まるだろうか不安に思った。とその瞬間車が左へスライドしはじめた。隣の車線、後方の車が交差点につっこんでこないよう祈った。祈りは通じなかった。勢いを止めずに交差点につっこんで来た車のフロントにぶつかっていった。交差点の真ん中で止まった。隣の車は交差点を越えたが、中央分離帯にぶつかって止まった。

 

 911に電話した。しばらくして警官がやってきた。1人だけでやってくるとは思わなった。

事情を聴取された。相手の運転者からも話を聞いた後で、

「あながた悪いから切符を切ります。」と言う。

「彼らの車が赤信号で止まらないからぶつかったんだ。」と言い訳をした。

Sorry」と警官。

「不服があるなら裁判所へ申し立てるといい。」と教えてくれた。

「相手はレンタカーだから争えないはずだ。」とも。

 

 切符には、罰金80ドルを払うように記されていることがわかった。2年間日本で英語を教えていた弁護士のジョナサンに聞いてみたのである。警察官から言われたことを彼に伝えると、

「裁判所へ行きますか」と言うので、

「80ドルでいいなら連れて行ってほしい。」と答えた。

 

 判事は、一定の時間内に複数の事件の裁定を行うようで、複数の事件の当事者は同じ時間に集合するようになっていて、受付が始まると人が列を作った。ジョナサンが受付をしてくれた。弁護士つきの当事者は他にはいないように感じられた。そういう事情もあってか、私の審理は最初に行われた。名前を呼ばれた。

ジョナサンが、彼が私の代理人であり、私が無罪であると主張した。裁判官が

「有罪を申し立てる人はいますか?」と発言した。

だれも口を開く人がいない。しばらくして裁判官は、

「棄却」と述べた。

我々は法廷を後にした。廊下で事件の時の警官とすれ違った。会釈して建物を出た。

 

私がジョナサンに80ドル払うと、彼がカジェオチョでチキン料理をごちそうしてくれた。

 

 

アトガキ

 警察官が裁判に出席しない怠慢によるケース棄却の件数の多さが社会問題になっていた。1996年のマイアミでのことである。今は知らない。

 日本のように車検制度がないから整備不良に起因する事故はとても多い。私の車もアラインメントがかなり狂っていたようだ。ハイウェイには、バーストしたタイヤの切れ端がいたる所に落ちている。これも同じ年のことで、今はどうだか知らない。