関東遠征2日目は昨日したM大付属高校とのダブルヘッターでした。この日は1勝1敗。私は勝ち試合のほうに途中から登板してなんなく抑えました。

 3日目は最終日。この日は埼玉のO高校と試合をしました。先発は私でした。3回を投げて被安打3の失点1でした。打つほうでは満塁ホームランを含む2安打5打点の活躍で試合は9-2でうちが勝ちました。この試合は全部で3つのホームランが出て快勝でした。最終日にしっかり勝って終わることができとても充実した遠征になりました。

 そして4月末に春の大会が始まりました。私は遠征後から調子をくずし、エースから背番号10に落ちました。緒戦の相手はN大付属高校。1,2年生主体の若いチームでした。相手ピッチャーは中学のとき県大会まで進んだタメの男でした。A高校先攻で試合開始!

 初回打線が爆発、一気に3点を先制しました。だが裏に4点を返され一気に逆転されました・・・更に2回に5点を追加さ3-9に。この間に私はブルペンで肩を作っていましたが呼ばれることはありませんでした。さらに5回に2点を追加され2-11に。6回に2点を返すものの5-11。試合はこのままゲームセット。打線はそこそこ機能したがピッチャーが踏ん張れずにまたしても初戦敗退・・一体初勝利はいつ来るのか、運にも実力にも見放された感じがした。このチームは県でも十分戦える力があると思っているのでとてもショックだった。その後。N大付属が勢いそのまま2回戦を15-13、地区代表決定戦を11-8で勝ち、県へと駒を進めた。夏に向けて、投手力の強化と打線のつながりを意識して練習するよう誓った。

 夏までかなりの練習試合をこなした。中でも県内でも屈指の強豪C高校との試合は為になった。先発した私は初回に4点、2回に2点、3回に1点を取られ5回投げて7失点だった。試合は大差で負けたが打線も機能し始めホームランも出て、収穫のあった試合だった。そして暑い夏がやってきた・・・       つづく

 冬の練習はとにかく体力をつけることをモットーに、毎週土曜日はインターバル3セットの後、1時間走または、10キロ走した。私は仲間と競い合っていつも走った。そこそこ体力には自信があったが、先輩の中にはやはり早い人がいていつも一番とは限らなかった。そんなこんなで冬の練習は続いた。私の高校がある市は新潟県の中でも積雪が多い地域なので電車が雪のために動かず学校が休みになることもあった。雪のため、もちろん外で練習することは不可能・・・4月に入っても溶けず、春の大会が4月の終わりにあるがそれまでグランドで練習することがなかなkできないので、関東遠征を行うことになった。

 東京の都立高校と、私立高校1校ずつと2日間試合をして、2日目に埼玉の高校とダブルヘッターをすることになった。まず初日、都立M高校との試合。相手校のエースは球が速くなかなか打てずに試合は進んだ。自分は2試合目の先発だったので1試合目はベンチで応援。中盤から私たちが打ち込み何度も得点チャンスがありながらも結局0-10の完敗だった。チームワークも良く、とても好チームだった。地元にはないスタイルの試合をしてくるのでとても参考になった試合だった。

 2試合目はM大付属高校と。夕方だったので5回までとなった。冬は徹底的に走りこんだので足腰には自信がついたが球を投げることをほとんどしてこなかったので、どうなるか不安だった。いざマウンドへ上がると肩が非常に軽い。足腰に安定感がつきどっしりしてきたと監督からも言われた。球速は測っていないが、球が重くなったのだろうか、相手校の選手の打球はほとんど詰まっている。5回を投げて8奪三振 被安打3という上出来だった。打つほうも2塁打と3塁打を放ち気分がよかった。試合は8-0でうちが勝った。

 遠征初日はこれで終わったが、関東の高校とやることによってたくさんの収穫を得た。  つづく

 秋季大会の抽選会、どのようなブロックになるか楽しみにしていた。いざふたを開けてみると・・・なんと第一シードのS高校、さらにはシード戦で好ゲームをしたT高校と同じブロック。そしてセンバツに向けた秋季大会が始まった。

 緒戦は、T高校。T高校は一回戦をコールドゲームで相手校を下した。私たちにとってとても侮れないチームだ。シード戦のときも8-7というシーソーゲームを辛くも制しただけであって実力は拮抗しているといって良い。

 先発は私だった。1年生エースとして自覚を持ちたいと思いマウンドへ。初回T高校の攻撃、一番バッターにいきなりノースリーというカウント。少し焦ったが、落ち着き三振にしとめる。無難な立ち上がりを見せた。しかし3回に先制を許す。2アウトから連続四球、ダブルスチール、そして8番バッターに2点タイムリーを打たれた。

 その裏すぐさま、こちらも8番のU先輩がレフとスタンドへソロホームラン。1点を返した。しかし6回7回に追加点を奪われ1-4に・・7回裏に1点を返しこれで2-4

 8回からU君をマウンドへ。試合は9回粘りをみせるもののこのままゲームセット。2-4 シードだったが緒戦で姿を消した・・・ 私の成績は7回を投げ自責点4だった。打つほうは3番で3-1だった。

 四球を出して先制されるという悪い流れが敗因だったと思う。シード戦で機能した自慢の打線も相手投手に上手くかわされた感じだった。冬に向けた一番の課題を制球力をつけることに決めた

 その後、T高校と第一シードのS高校が代表をかけて戦い、8-6でS高校が順当に勝った。

 入学してから3つの大会。全ての試合で良い試合を見せるものの未だ勝利が見えてこない・・精神面の強化がチームとしての最大の目標となった。春は挑戦者の気持ちで1戦必勝で頑張ろう!という目標を掲げた。   つづく

↓の自責点は3の間違いでした。

 夏が終わって新チームで夏休みの練習に入りました。夏休みは午前中は近くにある山の坂道を走るメニュー。投手陣はプラス1周ということで。午後は守備練習を中心に毎日練習に励みました。そして夏休みも終わりに近づいた頃、秋季大会の地区のシード権がかかる試合になりました。

 まずは予選リーグ。3校(もしくは4校)にわかれてその組の1位のみが2つにわかれる決勝リーグに進みむ(決勝リーグはそれぞれ3校ずつ)。それぞれの決勝リーグの1位が第1シード。それぞれの2位が第2シードとなる。

 私たちの高校(A高校)はまず予選N高校と対戦。接線が予想されたが12-2の5回コールドで試合を決めた。まず1勝。次はY高校と試合。勝てば決勝リーグ出場決定の試合に私が先発した。初回から打線が爆発、4回裏の攻撃までで、大量23得点。私も淡々と投げていた。しかし5回、抑えればコールドというときに、何故かコントロールが突如乱れ、5者連続四死球。エラーも重なり3失点。試合は23-3の5回コールドゲーム。私も5回を投げてノーヒットノーラン(参考記録)だったが後味の悪い試合になってしまった。

 決勝リーグは地区でも強豪とうたわれる2校との戦いとなった。県でも上位に食い込むことが多い2校だ。シードを取るには最低でも1勝しなければならない。しかし私たちは第1シードを密かに狙っていた。大半はA高校が3位でシードを取れないと予想していただろう。

 第1試合はT高校と。先発は私でした。夏の大会、シード戦予選の借りを返すため気合が入っていました。初回のA高校の攻撃、1番2番がヒットと四球で出塁。そして3番の私。ベンチのサインはバントだった。私は相手の守備位置をよく見た、するとファースト、サードが前進気味。投球と同時に突っ込んでゲッツーを取るという作戦だと思った。だから私はプッシュバントでファーストとピッチャーの間を狙おうと思った。失敗は出来ない場面。しかし私は迷わずプッシュバントを狙った。それが思ったとおりにいった!満塁にチャンスが広がり、その後5得点。初回に5点はピッチャーとして有難かった。1回裏に1点を返される。さすが振りがシャープだと思った。しかし更に2回に2点、3回に1点を入れて突き放した。しかし相手も負けじと2~5回までに6得点。この時点で8-7になった。しかしその後は粘りのピッチングで相手を交わした。スクイズを外したりホームでアウトにしたりが3回あった。なんとかそのまま逃げ切った。まず1勝。

 第2試合はH高校。先発はU君。相手は打線がとにかくすごい、ホームランバッターが3人いるチームだ。その試合序盤は打ち合いとなったが最後は相手に力で抑え込まれた感じで5-9で敗退した。私の出番はなかった。2試合連続だったので終盤はうちのほうにやや疲れが見えていた。体力をつけなければならないと感じた。第3試合はH高校が競り勝ち、1位H高校、2位A高校、3位、T高校となり第2シード権を獲得した。これで秋季大会は2回戦からの登場となった。秋に向けて自信がつき課題がみつかった良い試合になった。  つづく



 春の大会後、先輩の勧めもあってピッチャーをやることに。昔から体力には自信があったしピッチャーが何人もいるチームは心強いと思ったので。

 私の体力の記録を紹介します。(高校時代の記録)50M6秒2 100M11秒9 遠投105M 20Mシャトルラン155回 1500M4分32秒 ハンドボール投げ49M 垂直跳び71cm 立ち幅跳び305cm 長座体前屈68cm 反復横跳び63回 握力右68 左65 こんな感じです。

 高校一年生のときはMAXが120キロ程度でした。それでも地区では結構速い方です。地区のレベルの低さがわかると思います。先発で投げることは練習試合でもほとんどなかったですが中継ぎとして練習試合で経験を積んでいきました。そして・・

 夏の大会が始まりました。一回戦の相手は甲子園出場経験をもつ高校でした。打力のチームだと聞いていたのでピッチャーがどれだけ抑えるかが試合の決め手になると思っていました。

 一回表私たちA高校の攻撃、1番は1年生のU君粘ってヒットで出塁。そして怒涛の攻撃が始まった。1~5番まで5者連続ヒットで3点を先制。更に3回にも2点を追加し5ー0 試合はそのまま終盤へ・・

 7回までエースがノーヒットピッチングで相手につけいる隙さえ与えなかったが、8回表の打席で2塁打を放ったときに足をつってしまった!8回裏痛みをこらえてマウンドにあがるが球に勢いがない。そして初ヒットを許してしまう。次打者もヒットで続きノーアウト2塁3塁。ここで監督が、おい行くぞと。私の出番が回ってきたのだ!

 私の公式戦デビューは5点差の8回裏だった。最初のバッターを外角ストレートで見逃し三振。次はセンターライナーで2アウト。しかしタッチアップで1点を返されてしまう。ここまでは無難に抑えたがそこから相手の反撃が始まる。1年生の私にはとても耐えられなかった。4者連続ヒット・・・5-3 ここで私は更にボークを犯してしまう。もう完全に相手にのまれてしまった。ここでピッチャー交代。しかし交代したピッチャーが2点を取られついに5-5に。試合は同点で最終回に。9回表は簡単に3アウト。その裏、先頭バッターがいきなり3塁打!そして次のバッターがライト前に落ちるポテンヒットで試合終了。

 0回3分の2 被安打4 自責点5 公式戦デビューは最悪な結果に終わった。  つづく