「はじめまして。星野って言うんだけど、ちょっといいかな?」


「え・・・」


思ったより薄汚れた廊下をひとりで歩いていると、突然、知らない人間から呼び止められた。誰?上履きの感じからすると2年か3年のようだ。


「古田君だよね?」


「・・・」


「あ、俺一コ上ね。2年生」


「あ、はい」


「入学初日からルール違反なのは分かってるんだけどさ、今日はあともう帰るだけでしょ?」


「え、ええ。今日は自己紹介と担任の短い挨拶があっただけです」


担任は歌舞伎役者のなんとかいう人にそっくりの男だった。1年で5発くらい殴られるのを覚悟しなきゃいけないと思った。この中学は近隣3つの小学校の卒業生たちが入学する。だからクラスメートの3分の1くらいは顔見知りで、ま、なんというか今日はみんなそわそわしていた。あと余談だけど好みのタイプの女子が何人かいた。


「えーと何の話かはうすうす気づいてるよね。いわゆるスカウトってやつだけど」


「せ、先輩。あ、僕、中学入ったばかりなんでまだこういうの呼びなれてなくて・・・」


「あははは、いいよそんなの気にしなくて。うちの部はゴリゴリの体育会系じゃないから」


「すみません」


「好きに呼んでいいよ。君のほうがこっちの腕は上なんだからさ」


といって両手をヘソの前に突き出して、カチャカチャしはじめた。ピンときた。この人は空気が読めない人だ。


周りの何人かの生徒達が怪訝な顔して僕たちをみてる。


「お言葉に甘えます。実は星野Bのお誘いは嬉しいんですが・・・」


「ビー?」


「あ、あの星野って友達が別にいるんです。彼、頭が超良くて別の名門私立に入学したんですけど」


「ああ、その星野君と区別したんだね。ABで」


「ご不満ですか?」


「いや不満ってわけじゃないけど、想定外つーか」


「Aのほうがいいですか?」


「い、いや・・・なんというかそういう問題でもないけどね」


目の前の星野先輩はとても複雑な表情を浮かべた。僕は相手にこういう表情をさせるのが好きだ。テレビで言ってたけど、こういうのはS(エス)っていうものらしい。


「年齢順だと星野先輩がAで、偏差値順だとBなんです」


さらに複雑な表情をした。さっきの表情はまだこれにくらべると単純だったことが分かる。


「悪いけど普通に先輩でお願いするよ。うん、そのほうが自然だ」


「前言撤回ですか」


「……」


「もし武士なら」


「えーと二言があってすまなかった」


この先輩はものすごく良い人だ。


「星野先輩」


「ちょっとドキドキするね、その響き。2年になるってこういうことかぁ」


やはりこの先輩はものすごくいい人だ。


「ドキドキしてるところすみませんが、僕、星野先輩の部には入部できません」


「え!?」


星野先輩は驚愕の表情を顔にうかべた。よくみるとものすごく二枚目だ。歩く道さえ選べば3日以内にジャニーズ事務所にスカウトされそうな顔立ちをしている。


「すみません」


「待ってよ、何か勘違いしてない?」


「いや、してないと思います」


「俺は柔道部でもボクシング部の人間でもないよ。ましてや相撲部でもね。へへへ」


細身の先輩がジョークを放った。こういうとき後輩とは愛想笑いをするものだろうか。僕は毅然とした態度をとった。とらざるをえなかった。


「ええ分かってます。皇族でもなさそうですね」


顔をしかめる星野先輩。


「敢えて説明するのが恥ずかしくなるけどさ、えーと俺が所属してるのはルービックキュー部だよ?」


「もちろん。僕をスカウトする部って言ったらそれ以外ないですから」


「どういうこと?うちのメンバーもずっと前から君の噂でもちきりだったんだよ?天才ルービックキュービストがやってくるって」


内心得意気になった。これは仕方ない。でも、すぐにその気持ちを打ち消した。僕はもう捨てたんだ、過去の栄光は。


「すみません。星野A」


「えー」


「冗談です」


「新入生なのに神経図太いよなぁ。で入部しないってのも冗談だよな?」


「いえ本当にルービックキュー部には入部しません」


「マジで?」


「はい」


「じゃ、何部に入るのさ?」


「喧嘩部です」


「な!?」


星野先輩は驚愕の表情を浮かべた。このように顔の筋肉を使うのはいいことらしい。